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    「春期植樹での問題-国土環境保護省関係者との話」(2012年3月2日「労働新聞」)

    北朝鮮では3月3日が「植樹節」らしい。

    http://www.rodong.rep.kp/InterKo/index.php?strPageID=SF01_02_01&newsID=2012-03-02-0016&chAction=L
    http://www.rodong.rep.kp/InterKo/index.php?strPageID=SF01_02_01&newsID=2012-03-03-0012&chAction=L

    おもしろいとおもったのは、韓国にも1ヶ月遅れで「植木日」というのがあり、ともに汎国民的な緑化運動をする日である。しかし、韓国と違うように思われる点は、韓国では主に山岳地域に植林をしているが、北朝鮮では都市部(例えば平壌)に植林をしているようである。韓国が火田民による森林伐採で荒廃した山肌に緑を戻そうとしているのに対して、北朝鮮は朝鮮戦争中の米軍による爆撃で焼き尽くされた平壌に緑を戻すことを目指しているのであろうか。場所にもよるが、北朝鮮の山はかなり高いところまで畑が作られている。丹東の鴨緑江越しに見た北朝鮮の山などはその典型である。主体農法の「要求」なので、林に戻すことはしないのか。

    「朝鮮人民軍最高司令官金正恩同志が板門店を視察された」(2012年3月4日「朝鮮中央TV」)

    労働新聞などでは既に報道されていたが、写真付きの動画が掲載された。

    http://www.uriminzokkiri.com/php_tmp/download.php?ptype=movie2&no=8683

    「労働新聞」記事:
    http://www.rodong.rep.kp/InterKo/index.php?strPageID=SF01_02_01&newsID=2012-03-04-0001

    いつ視察したかについては触れていない。しかし、北朝鮮側は、先週末ぐらいから李明博「逆徒」に対する非難を強めて、国内的には「一触即発」、「戦争前夜」、「戦闘命令を待つ」などのスローガンを使いながら、李明博「逆徒」との対決雰囲気を高めている。なので、国内向けの宣伝効果としては、こんなに緊張した「戦争前夜」に勇敢にも、南朝鮮と対峙する最前線を視察したというストーリーであろう。

    確かに、報道と写真によれば、板門閣から韓国側を双眼鏡で見ており、韓国側がその気になればスナイパーを使い狙い撃ちすることができる。もちろん韓国はそのような愚行はしないであろうが、そう考えれば「勇敢」であるともいえよう。写真を見ると周囲に数人の目つきの鋭い私服の大柄な男が周囲を見渡しているが、警護要員であろう。通常、軍部隊の視察では、少なくとも掲載される写真には警護要員は映らない。場所が場所だけに、警護を強化したのか。これ、韓国側からの銃撃もさることながら、実弾が装填されている銃を持つ警備兵が軍事境界線付近にたくさんいる場所なので、そちらからの銃撃に対してもという意味もあろう。

    北側の板門店は行ったことがあるので、今回、金正恩さんが訪れた板門閣を含むいくつかの場所は、実際に見学している。板門閣には、中国語を話す観光客もいたが、そのうちの一人が韓国の「愛国歌」の口笛で吹いたのには驚いた。制止もされなかったが、無知もよいところである(「勇敢」なのかもしれないが)。

    誰かが証明しているかもしれないが、私は南北の国家は同源であると考えている。南北分断前の朝鮮の国歌は、「蛍の光」のメロディーに歌詞を付けたものだといわれている。ある日、YouTubeにアップロードされている、北朝鮮の「愛国歌」を聞いていたら、何となく韓国の「愛国歌」と似ているのではないかと思い何回も聞き直した。そのうちに、これは「蛍の光」に韓国とは少し異なるアレンジを加えて作った曲ではないのかと思い、韓国の大衆歌謡について博士論文を書いた音楽にとても強い卒業生に聞き比べてもらった。その人曰く、やはりこれは同じであると。

    とはいえ、その中国語を話す観光客が口笛で吹いたのは、明らかに韓国版のであったのだが。

    ところで、金正日さんは板門店を「4回も」視察したとのことである。北朝鮮メディアには「4回も」と書かれているが、私は「4回しか」来なかったのかと思った。

    それにしても、板門店は金正恩さんには実に不釣り合いな場所である。何が不釣り合いなのかというと、朝鮮戦争も知らない28歳の韓国の若者を金正日さんに投影してしまうからである。私が、接する韓国の若者は、教室にいる留学生だけであるが、彼らをもって平均化するのであれば、朝鮮戦争を知らない。戦争があった事実ぐらいは知っているが、その程度である。北朝鮮では、韓国以上に朝鮮戦争についての教育はやっているであろうが、金正恩さんはどれほど勉強したのであろうか。彼は、どちらかというと恵まれた環境で韓国の若者的な生活をしてきたのではないだろうか。だとすると、やはり朝鮮戦争は韓国の若者並みに知らないはずである。その、若者が板門店を視察して歩いている姿は、「社会見学」に見えて仕方がない。

    例によって、金正恩さんは兵営などを細かく見たとのことだが、今回はタバコと軍靴に注目している。タバコは実際に自分で吸ってみたとのこと。どの記事だったか忘れたが、韓国系のメディアが北朝鮮の写真の中で金正恩さんが手に持つタバコを見つけて、「これ(銘柄は失念)が彼の好きなタバコだ」と書いていた。今回、金正恩さんも喫煙者であることが北朝鮮メディアの中ではっきりと示された。

    軍靴については、金正恩さんが「一番良い革で作った軍靴を提供するように」と指導したそうだが、板門店は南北の見栄の張り合いの場所なので、良い革で作った靴を履いていなければみっともない。それだけではなく、共同警備区域内、特に軍事境界線には背の高い警備兵を立たせている。今、服務中の朝鮮人民軍の若い兵士は「苦難の行軍」時代に生まれた人が多く、幼少期の栄養不足がたたりとても背が低い。実際に、板門店から開城に向かう道路に設置された検問所で目撃したが、中学生が軍服を着たような感じだった。「苦難の行軍」時代に生まれた人は、男性に限らず女性も背が低い。これは、中国にある北朝鮮系レストランの接待員ドンムたちを見れば直ぐに分かる。ヒールの高い靴を履いているが、それでもも皆小さい。彼女たちは、彼女たちは「苦難の行軍」時代も比較的栄養状況が良かったはずの平壌の出身であろうが、それでも背が低いことからすると、北朝鮮にとって「苦難の行軍」時代がいかに苦しかったのかということが想像できる。

    話がずれてしまったが、南北の見栄の張り合いの板門店には、それでも背の高い兵士を配置しているはずである。「労働新聞」の写真でも「朝鮮中央TV」の動画でも背が高いことが分かる。それに加え、金正恩さんが視察している軍靴が厚底に見えるのは気のせいであろうか。

    板門店視察でも金正恩さんは笑顔を振りまいている。特に、調理員の女性たちと握手をしたり彼女たちと腕組みをして写真を撮っている。

    金正恩さんが、写真のように板門閣に立って南側を見たとすれば、南側の施設から髪の毛一本まで識別される写真を何枚も撮られたことであろう。今回、韓国側は、自分たちの機材で金正恩さんをしっかりと撮影したはずである。

    「朝鮮民主主義人民共和国外務省スポークスマン談話」(2012年3月5日「労働新聞」)

    このところ、北朝鮮は李明博「逆徒」を非難する談話を連発しているが、その中に朝米関係について触れているものがあった。

    http://www.uriminzokkiri.com/php_tmp/download.php?ptype=movie2&no=8677

    「労働新聞」:
    http://www.rodong.rep.kp/InterKo/index.php?strPageID=SF01_02_01&newsID=2012-03-05-0020&chAction=L

    米朝協議が北京で開催されて以来、北朝鮮メディアをチェックしてきたが、代表団の帰国については報じているものの、会談の内容については「国内向け」には一切報じていない。北朝鮮で流通している「労働新聞」の記事がインターネット版と同じであれば、恐らくこれが唯一の「米朝関係」に関する記述であろう。なお、「朝鮮中央TV」の番組でもこの「談話」を読み上げている。

    関連部分は、

    「조선반도에 대화분위기가 조성되는것을 막기 위해 그처럼 발악해온 리명박역적패당은 최근 조미회담이 진전될 기미가 나타나자 그를 역전시켜 저들의 잔명을 유지해보려고 최후발악을 하고있는것이다.」
    (朝鮮半島に対話雰囲気が造成されることを防ぐために、あがいてきた李明博逆賊一味は、最近、朝米会談が進展する兆候が見えるや、それを逆転させ自らの生き残りのを維持しようと最後のあがきをしているのである。)

    としている。ここに出てくる「米朝会談の進展」を朝鮮人民はどのように捉えているのであろうか。

    北朝鮮を怒らせたのは、「特大挑発事件」、「尊厳の冒涜」である。北朝鮮国旗「人共旗」や金正日、金正恩さんの写真を標的に使ったり、彼らの写真と共に非難する言葉を仁川の部隊のドアに貼ったりしたりしたことだ。北朝鮮は、それを李明博さん以下、国防部金クァンジン長官や合同参謀本部鄭スンヂョ議長の仕業としている。

    「われわれの最高尊厳を敢えて冒涜した李明博逆賊一味は悲惨な運命を免れない-祖国平和統一委員会スポークスマン談話」(2012年3月5日「労働新聞」)
    http://www.rodong.rep.kp/InterKo/index.php?strPageID=SF01_02_01&newsID=2012-03-05-0027&chAction=L

    そして、それに激怒した大学生や中学卒業生、そして労働者が「李明博逆賊一味をたたき殺す」ために朝鮮人民軍への入隊や復隊を「嘆願」するなど、全朝鮮人民が怒っている様子がここ数日北朝鮮メディアで伝えられている。

    この怒りようは、コーランやアラーを冒涜され怒るイスラム教徒につながるところがある。昨今、アフガニスタンで米軍がコーランを「誤って」焼却し、それにアフガニスタン人が激怒するという事件があったが、映像を見ている限りでは、この状況と実に似ている。よく、金正日さんがサダム・フセインやカダフィと重ね合わせられるが、最大の違いは、サダム・フセインやカダフィが単なる「指導者」であり、イラクやリビアの国民には宗教的にはアラーという別の神様がいたが、朝鮮人民にとっては「神様」は金日成さんであり、その言葉を解釈する金正日さんは「預言者」というように彼ら二人に宗教的な尊厳までも含まれているのであろう。

    何回も書いているが、北朝鮮は米国との交渉は続けながらも、短くても韓国の4月総選挙が終わるまではこの反李明博キャンペーンを続けるであろう。実は、金正日標的事件は去年もあったのだが、北朝鮮にとってちょうど良いタイミングでまた今年も事件が露呈したわけだ。北朝鮮は、これを朝鮮人民には金正恩さんの軍事的力量を誇示しながら、韓国国民にはその恐怖心と北朝鮮と融和が必要という民族意識をかりたてる二面作戦として活用しているといえる。

    「Victoria Nuland Spokesperson Daily Press Briefing Washington, DC March 1, 2012」(2012年3月1日「U.S. Department of State」

    ヌーランド米国務省報道官の定例記者会見で、米朝協議の内容についてフォローアップがあった。

    http://www.state.gov/r/pa/prs/dpb/2012/03/184949.htm

    米国の栄養援助と北朝鮮の核活動停止のリンケージについて、ヌーランドさんはリンケージを否定しながら、「米国に食料援助をする意思があることを確認しなければ、北朝鮮は(核活動停止に向けて)動き出さなかった」。したがって、それらを「リンクさせたのは北朝鮮であり米国ではない」とし、それを一つの談話にまとめて発表したのは北朝鮮側の要請であるとした。

    六者会談について米国側の談話で触れられていない点については、「六者会談を再開するための前提として、談話で出された措置が実行され、それがIAEAにより確認されなければならない」とし、北朝鮮の談話が六者会談について触れている軽水炉提供などの問題は「六者会談の中で北朝鮮が協議することを希望していること」としている。

    米朝間の談話の内容に違いはないとしながらも、5MWの原子炉の無能力化とそのIAEAによる確認については「米国の見解では、米国と北朝鮮はIAEAが5MW原子炉および関連施設の無能力化を確認することを許可するということで合意した」という微妙な言い回しをしている。

    そして、北朝鮮の核活動停止の期間については、「第一段階としては」と口ごもりながら、記者から「永久に」と問われると、「明らかに永久に」と答えた。ただし、この点について北朝鮮は「臨時中止」としており、「永久」とはほど遠い表現を使っている。「永久」というのは、米国側の「希望」であり今回の会談ではそこまで詰められなかったのであろう。そして、IAEAの査察対象を最終的には「全ての核施設」とするが、そのためにはまだ色々とやることがあると述べている。そして、今回の米朝協議は、それに向けた「小さな第一歩」であるとしている。

    また、3月7日から9日にかけて北朝鮮の使節がシラキュース大学マクスウェル校の招待でニューヨークを訪問し、非公式の協議を行うことになっているが、今のところ米政府との接触は予定されていないとした。

    <追記:2012/03/05 14:43>
    http://www.state.gov/r/pa/prs/dpb/2012/03/185181.htm#DPRK

    ・キング大使が3月7日に北京で北朝鮮代表と会い、栄養援助問題について詳細を協議。
    is that Ambassador King will meet with his DPRK counterpart in Beijing next Wednesday.
    ・今回は、北朝鮮による核開発の「永久的停止」に向けた「第一歩」
    Our view is that this should be permanent and it should be the first step towards a larger process
    ・(シラキュース大学に李容浩外務次官がやってくることに対して)米国政府はそれに参加する計画はないが、この非公式会議で前向きな南北接触があればそれは望ましいことである。
    Q:And another thing is, given the visit of Ri Yong Ho,
    Ms.Nuland:We currently have no plans to have U.S. Government meetings with those individuals. Obviously, it’ll be a good thing if there are positive North-South contacts on the margins of the Maxwell School event.
    ・追加支援については、今回の支援の結果を見てから。
    My understanding is that we want to get this first shipment moving, see how it goes. before we make any commitments on onward assistance.

    「朝鮮民族抹殺犯罪を絶対に忘れないであろう」(2012年3月1日「朝鮮中央通信」)

    「3.1蜂起」(韓国では「3.1運動」)に関する動画が「朝鮮中央通信」で配信された。

    同動画では「中央階級教養館」に展示されている、「日帝」時代の写真を見る朝鮮人民、そして「3.1蜂起」について解説する同教養館の講師が登場する。講師の説明の中でおもしろいのは、

    「3月1日昼12時の鐘の音がするやいなや、当時のスンドン女子学校、今日、平壌学生少年宮殿が建てられているチャンウンデの丘に平壌市民数千人が集まって朝鮮が独立国であるということを厳粛に宣言」し、「ソウルでも高宗の葬儀を行った農民も合流して数十万名がデモを行った」

    としている点である。「3.1運動」は、ソウルのパゴダ公園で独立宣言を読み上げ万歳を三唱したというのが大方の定説である(実際には、パゴダ公園近くの仁寺洞にある泰和館で行われたといわれている)。平壌にも「後日」この運動が拡散し、デモが行われた可能性はあるが、平壌が発祥の地としたこの解説には驚いた。「3.1蜂起」という用語を使い、微妙に「3.1運動」と区分けをしているのかもしれないが、普通に考えれば同一の事象であろう。

    同動画には「3.1の少女英雄」という説明が付いた柳寛順の写真も登場する。「3.1の少女英雄」以上柳寛順をどのように説明しているのかは分からないが、彼女についても韓国の定説ではソウルの西大門刑務所で獄死したということになっている。

    日本の歴史教科書は、韓国や朝鮮からたびたび「歴史を歪曲している」非難されるが、「3.1蜂起」が「3.1運動」と同一の事象であるとすれば、北朝鮮の教科書は随分ひどい「歪曲」をしているということにはならないのだろうか。

    「朝鮮外務省スポークスマン朝米会談問題について言及」(2012年2月29日「朝鮮中央通信」)

    2月末に行われた、米朝協議についての「共同声明」が米朝双方から出された。共同声明を括弧付きにしたのは、米朝が同時に、米国はヌーランド国務省報道官がPress Statementとして、北朝鮮側が朝鮮外務省スポークスマンが「朝鮮中央通信」記者の質問に答える形で発表していることと、声明内容を詳細に見ると若干のくいちがいがあるからである。それにしても、発表のタイミングは、北朝鮮側が米国時間に合わせたようで、「朝鮮中央通信」に記事が出たのは深夜であった(前夜は23時頃までは見ていて、朝見たら記事が出ていた)。「ボールが双方のコートにある」というのは、このことだったのかと思った。

    報道官談話が出ている米国防省HP:
    http://www.state.gov/r/pa/prs/ps/2012/02/184869.htm

    では、北朝双方の談話を比較しながら見ていくことにしよう。北朝鮮は談話の中で交渉相手を「米帝」ではなく「米合衆国」と、また米国も「朝鮮民主主義人民共和国」と正式名称を用いている(「北朝鮮」という表現も何カ所か見られる)。

    1.まず、今回の会談が「2011年7月と10月に行われた2回の高位級会談の連続過程」であるとし、「今回の会談では、朝米関係改善のための信頼造成措置と朝鮮半島の平和と安全保障、6者会談再開と関連した問題が真摯に深く議論された」として評価し、今回の会談が米朝関係改善やそれに先だつ6者会談再開に向けたステップであるという認識を示している。

    この点について米国は、会議直後にデービス大使が「多少進展があった。真摯で有意義な会談だった」という言葉で評価しているが、北朝鮮側の評価とは温度差が見られる。

    2.北朝鮮談話では「米朝双方は、9.19共同声明履行の意思を再確認し、平和協定が締結されるまで停戦協定が朝鮮半島の平和と安定のための礎石となることを認めた」とし、2005年9月19日に出された第4回6者会談共同声明の内容を「米朝双方」が履行することを確認し、国交正常化を念頭に置いた措置であることを示している。

    一方米国側の談話は、この点について「2005年9月19日の共同声明を再確認した」点、「1953年の停戦協定を朝鮮半島の平和と安定の礎石とする」点では同じ内容であるが、平和協定については言及していない。しかし、「米国は、朝鮮民主主義人民共和国に対して敵対する意図はなく、主権と平等をお互いに尊重する精神の下、両国関係の改善を進める準備ができている」とだけしており、この点についても北朝鮮側の評価との温度差が存在する。

    これは、北朝鮮と米国の今回の会談の目的の違いに起因する。米国の目的は「北朝鮮の非核化」、一方北朝鮮の目的は一義的には「食料援助を得ること」であるが、究極的には「米国との平和協定締結」にあるからである。その意味で「核兵器とミサイル」を目標達成に向けた「道具」として使うことができたという点では、北朝鮮の目論見どおりである。

    しかし、これまでもそうだが、このズレが常に「北朝鮮の非核化」を破局に導いている。考えてみれば分かるが、核を道具に使いながら非核化を実現するなどということは、論理的におかしい。米国は、核がなければ北朝鮮など相手にしないので、国交正常化など考えもしないであろう。一方、北朝鮮は米国に相手にしてもらい国交正常化をするには「核が必要」というおかしな関係になっている。

    こうした来歴からして、核と国交正常化を切り離すのは非常に困難であるが、少なくとも食料(栄養)援助と核は切り離して考えておいた方が、問題を複雑化させずに済むであろう。その点で、米国務省の判断は正しい。ただ、昨日の拙記事にも書いたとおり、米国務省と軍部の見解は異なっている。恐らく、北朝鮮でも同じ現象が水面下で発生している可能性が高い。金正日体制下では、それを金正日さんの権威でまとめることができた。「先軍政治」を標榜してきたので、軍部の意向を受け入れた方向での決定を下したのであろう。しかし、金正恩さんに現時点でそのような「権威」はない。「先軍政治」と「遺訓」で一応の説明をつけようとしているが、金正日さんが金日成さんの「主体思想」と「遺訓」についての「解釈」権を持っていたように、金正恩さんにその「解釈」権はまだない。ともあれ、今回の協議内容は、金正日時代に決まっていたことと大きなズレはないので、「遺訓」路線を踏襲しているといえる。

    話が外れたが、とにかくこの「ズレ」あるいは「ねじれ」をいかに解消していくのか、これが大きな課題である。

    3.続いて北朝鮮談話では「米国は、文化、教育、体育など様々な分野で人的交流を拡大する措置をとる意思を表明した」としている。この点については、米国談話も同一である。米朝間の人的交流を拡大することはよいことである。中国との国交正常化がピンポン外交であったことを例に挙げるまでもないが、民間人同士の接触こそが、双方が持つ相手に対する誤った認識(ステレオタイプ)を解消する第一歩となるからである。この点については、自分の経験からして自信を持っていえる。

    4.食料援助について北朝鮮は「米国は朝鮮に24万トンの栄養食品を提供し、追加的に食料支援を実現するための努力をすることにし、双方はそのための行政実務的措置を即時実施することにした」としている。これに対し米国側は「米朝双方の栄養援助担当者が今後直ぐに会談し、実務的詳細を決める」という表現を使っているが、内容的には同じであろう。ただ、注意しなければならないのは、北朝鮮が「24万トンの『栄養食品』」と「追加的『食糧支援』」という言葉を使っているのに対して、米国側は「『引き続き必要とされる』追加的支援」と言っている。北朝鮮は「食料」、つまり「米」や「小麦」のことをいっているのであるが、米国はこの点を明確にしていない。このズレは大きな問題には発展しないであろうが、注意しなければならない。また、北朝鮮は触れていないが、米国は食料配給について「集中的にモニタリングする」といっており、その方法で摩擦が起きる可能性もないとはいえない。

    5.対北朝鮮制裁については「米国は、対北朝鮮制裁が人民生活など、民需分野に向けられたものではないということを明白にした」としており、米国と同様の談話内容である。

    今回の米朝協議前の米国の対北朝鮮制裁の内容についてきちんと確認する必要があるが、もし米朝協議以前の制裁で「民需分野」も含まれていたのであれば、これは一つの進展である。

    しかし、日本にとっては何ともタイミングが悪い進展である。数日前に対北朝鮮PC不法輸出と関連し、朝鮮総連系の企業や組織に対する大々的な家宅捜索を行っている。この捜索は総連系旅行社にも及んだということで、北朝鮮は「朝鮮中央通信」を通じて激しく非難している。日本政府は「外為法に基づいて粛々と」という立場であろうが、警視庁公安部が捜査を行っている点、そもそもこの外為法上の措置が「政治的判断」で追加された点からしても、「外為法」の話ではないことは明らかである。

    過日の拙記事にも書いたが、外務省の杉山アジア大洋州局長との会談直後にデービス大使が「これは外交問題なので、拉致問題は『You(あなた方=日本)』が機会がある毎に北朝鮮に訴えていかねばならず、北朝鮮と外部世界の関係正常化の中で解決されるべき問題である」という言葉で日本の「対北朝鮮外交」が動き出すように促しているのには、世界最強の経済制裁を北朝鮮に課している日本に対する緩和を促すシグナルであったのであろう。杉山さんはそれをどう受け止めたのか、そして警視庁公安部との連携はあったのか。

    6.北朝鮮は6者会談についての言及の中で「6者会談が再開されれば、我々に対する制裁解除と軽水炉提供問題を優先的に議論することになるであろう」と述べている。しかし米国側は、制裁解除や軽水炉問題どころか、6者会談には一切触れていない。恐らく、米朝協議の中で北朝鮮がこれらのことを提起したものの米国側がそれらについ話し合うのは尚早として取り上げなかったのであろう。

    7.そして再び「双方は、対話と協力という方法で朝鮮半島の平和と安定を保障し、朝米関係を改善しながら非核化を実現し行くことが双方の利益に符合するということを確認し、会談を継続することにした」とし、「朝米関係改善と非核化」がセットであることを強調している。上の5にも書いたが、北朝鮮は「朝米関係を改善しながら」(조미관계를 개선하며 비핵화를 실현)としている一方で、米国は「対話の環境と非核化の促進を改善」(To improve the atmosphere for dialogue and demonstrate its commitment to denuclearization)というように関係改善と非核化を分けており、立場の違いが明確になっている。ともあれ、北朝鮮は「会談を継続することにした」といっているので、今後の会談の中で話し合われていくのであろう。

    8.そして最後に北朝鮮は「結実のある会談が行われる期間、核実験と長距離ミサイル発射、寧辺におけるウラニウム濃縮活動を臨時中止し、ウラニウム濃縮活動の臨時中止に対する国際原子力機構の監査を許容することにした」としている。一方米国は、「結実のある会談が行われる期間」という期間限定をしていない点、さらにIAEAの査察対象を寧辺の「5MWの原子炉や関連施設」としており、北朝鮮側の談話とくいちがいが見られる。悪いシナリオとしては、査察対象を巡り米朝が対立し、北朝鮮が「結実のある会談ではない」という理由でウラニウム濃縮活動を再開することも考えられる。さらにいえば、北朝鮮はそれは読み込み済みで、食料などの援助を得た後で席を蹴る口実として準備しているのかもしれない。

    米国は、今回北朝鮮と合意した措置について、北朝鮮がきちんと実施するかについて「深い憂慮」を表明しており、栄養支援とはリンクさせないといいつつも、慎重に実施するものとみられる。

    <追記:2012/03/01 14:15>
    一方日本は、「米朝合意、北朝鮮の実行を見守る…玄葉外相」(http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20120301-00000521-yom-pol)という姿勢だ。日朝協議について「対話の窓は開いている。適当な時期に考えていかなければならない」としているが、いったい何を考えているというのであろうか。先ほど、アニメ「めぐみ」を改めて見た。アニメの最終部分で日本政府の「努力」についてのスクリプトが出るが、今のような「努力」のしかたでは何も解決しないということがまだ分からないのだろうか。ついでに政府 拉致問題対策本部のHP(www.rachi.go.jp)を読み直してみたが、かけ声ばかりで、解決策は何も書かれていないように思われた。アニメの中で横田さんの拉致が明らかになったとき、「たかが5人のために、政府は北朝鮮との関係悪化を恐れて何も動かなかった」(字句は違う可能性あり)と言っているが、今行っていることも立場を変えただけで基本的に何も変わりがない。

    プロフィール

    川口智彦

    Author:川口智彦
    「크는 아바이(成長するオッサン)」

    ブログの基本用語:
    「元帥様」=金正恩朝鮮労働党委員長(上の絵の人物)、2016年12月20日から「最高領導者同志」とも呼ばれる
    2021年1月11日から「総秘書同志」
    「首領様」=金日成主席
    「将軍様」=金正日総書記
    「政治局員候補」=金ヨジョン(「元帥様」の妹)、2018年2月11日から「第1副部長同志」とも
    「白頭の血統」=金一族
    「大元帥様達」=「首領様」と「将軍様」
    「女史」=李雪主夫人(2018.07.26より「同志」に)

    우 그림은 충정 담아 아이가 그린 경애하는 김정은원수님이십니다.


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