以下は、3月5日の「休戦協定白紙化」を受けて書き始めた記事である。いろいろな出来事があり、なかなかまとめることができなかったが、追記も含めて何とかまとめた。
<3月5日朝>
諸メディアで既報ではあるが、北朝人民軍最高司令部が「休戦協定を白紙化」するというスポークスマン声明を出した。インターネット上の北朝鮮メディアでこの「声明」を確認できたのは(私が見つけた時間という意味で)、「朝鮮中央通信」で20時頃、uriminzokkiriの「朝鮮中央TV」で放映された番組の動画ファイルは6日0時過ぎである。ただし、韓国「北韓情報センター」の情報では、5日の放送番組にこの「声明」は含まれていない。恐らく、朝の番組予告以外の枠で放送されたのであろう。5日の20時22分からは「金正恩バスケットボール観戦」の再放送が放送されると予告されていた。この報道をヤフー・ニュースで検索をすると「時事通信」がソウル発で伝えている「休戦協定を全面白紙化=板門店代表部の活動も中止―米韓演習に反発・北朝鮮軍」という記事が最も早いので、やはり「朝鮮中央通信」がインターネット配信をした(私がこの報道を見つけた)時間とほぼ重なっている。恐らく、「朝鮮中央TV」でもこの辺りの時間帯で「臨時報道」をしたのであろう。元帥様のバスケットボール観戦を番組を中断することはないと思われるので、その後だろうか。
『時事通信』、「休戦協定を全面白紙化=板門店代表部の活動も中止―米韓演習に反発・北朝鮮軍」
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20130305-00000191-jij-kr
「休戦協定白紙化」を伝える朝鮮人民軍最高司令部スポークスマン

Source: KCTV, http://www.uriminzokkiri.com/php_tmp/download.php?ptype=movie2&no=13841
「休戦白紙化声明」の発表時間にこだわるのは、この声明が何を受けたものであるのかということに関係している。声明では「休戦白紙化」の直接的原因を米韓合同軍事演習としているが、その前段部分で昨年12月のロケット発射に対する国連安保理決議2087採択、そしてそれに対する対抗措置としての第3回核実験実施の正当性について述べており、軍事演習自体よりもやはり国連安保理での採択が近づいた新たな決議に対する反発であろう。
そして「声明」では、米韓の合同軍事演習が「昨年とは違い、100発あまりの核弾を積載した米帝侵略軍の超大型原子力航空母艦打撃集団と戦略爆撃機『B-52H』」などを動員して「我々を標的とした最も危険な核戦争騒動」であり「軍事的挑発」であると非難している。
5日昼前後には「ロイター」の「北朝鮮制裁、安保理決議の草案で米中が暫定合意=外交筋」など、米中の話し合いがまとまったことを伝えるニュースが配信されており、その後行われた安保理会合で決議案のドラフトができあがったことを米国のライス国連大使が発表している。ライスさんは「おはようございます」と切り出しているので、日本時間の6日未明の発表であろう。ちなみに、ライスさんは新たな制裁決議の内容について「既に課されている制裁を強化・拡大したもの」であるとし、「北朝鮮外交官の不法活動、北朝鮮銀行の取引、不法な現金移動が対象となり、新たに渡航制限も加える」としている。
『ロイター』、「北朝鮮制裁、安保理決議の草案で米中が暫定合意=外交筋」
http://newsbiz.yahoo.co.jp/detail?a=20130305-00000053-biz_reut-nb
US Mission to the UN, "Remarks by Ambassador Susan E. Rice, Permanent Representative of the United States to the United Nations, At a Security Council Stakeout, March 5, 2013",
http://usun.state.gov/briefing/statements/205642.htm
<追記:3月8日>
国連安保理決議2094が採択された。上に書いた米中合意と採択のタイミングが中国の第12期全人代第1回会議開催とほぼ重なっていることも注意しておく必要がある。このタイミングでの採択は、中国新政権の国際社会との協調をアピールすることになり、また同時に新政権の北朝鮮に対する今後の中朝関係に関するメッセージにもなる。
米国連代表部が発表した決議内容の要約は以下のとおりである。
<主用内容>
1.北朝鮮によるウラン濃縮を含む核活動を最も強い言葉で非難し、北朝鮮が現存する核および大量破壊兵器、そして弾道ミサイルを放棄する義務があることを確認する。
2.北朝鮮による不法な活動を助長する金融取引を封鎖するために新たな金融制裁を課す。また不法行為がある場合は、現金の移動、北朝鮮の金融部門に対するより強い制約を取り締まる。
3.加盟国が疑いがある貨物に対する検査をする権限を強化するとともに、北朝鮮関連の輸送であることが確認された場合、船舶の入港や航空機の着陸を拒否する権限も強化する。
4.加盟国が現存する制裁を強化できるようにする。
5.個人と企業に対する制裁
6.新たな品目を安保理制裁リストに加える。
金融制裁
1.北朝鮮による不法な計画あるいは安保理決議に違反する金融取引あるいは金融サービスを凍結あるいは封鎖することを加盟国の義務とする。
2.北朝鮮による不法な計画あるいは安保理決議違反に関係する北朝鮮銀行支店を、自国領内に開設することを禁止することを加盟国に求める。
3.北朝鮮による不法な計画あるいは安保理決議違反に関係する北朝鮮からの金融機関事務所の開設を禁止することを加盟国に求める。
4.金融制裁は現金移動にも適用することを決定する。これには鞄等に入れた現金の移動も含む。
5.北朝鮮による不法な計画あるいは安保理決議違反に関係する北朝鮮との貿易のための公的金融支援をしないことを加盟国の義務とする。
6.核拡散に関わる金融取引を扱う金融行動タスクフォース(多国で構成される機関)による指針を履行することを加盟国に要求する。
禁止事項
1.当該貨物が禁止されている物資を含んでいると信じるに値する合理的な根拠がある場合は、自国領内の貨物を検査することを加盟国の義務とする。
2.北朝鮮船籍あるいは旗国に認められた船舶で検査を拒絶する船舶は寄港を拒否することを加盟国の義務とする。
3.禁止物資を輸送している疑いのある航空機に対し離陸、着陸、あるいは自国領内の飛行許可を与えないことを加盟国に求める。
4.北朝鮮の航空機あるいは船舶による制裁逃れに関する情報を安保理北朝鮮制裁委員会に提供するよう希望する。
その他の措置
1.現存の制裁が禁止している禁止品目の仲介取引を決定する。
2.既に制裁対象とされている企業の下請け会社やフロント会社に対しても資産凍結の枠を広げる。
3.現存する制裁に違反すると指定された個人や企業のために働いている認められるいかなる個人の旅行をも禁止することを加盟国の義務とする。その個人が北朝鮮人の場合は、加盟国は当該個人を追放あるいは北朝鮮に帰国させることを加盟国の義務とする。
4.核あるいは弾道ミサイル計画、または安保理決議で禁止された活動、または制裁逃れをしようとしている北朝鮮外交官に対する監視を強化することを加盟国に求める。
5.制裁委員会に対して北朝鮮との間で移転が禁止されている核・ミサイル技術のリストを毎年更新することを指示する。
6.北朝鮮の核・ミサイル計画あるいは安保理決議に違反する品目の北朝鮮との間での移転を防止することを加盟国に認め、また求める。
7.宝石や高価な石、ヨット、高級な自動車、レーシングカーを含む北朝鮮に移転することが禁止されている禁制贅沢品を特定する。
制裁の実施
1.制裁の実施状況および制裁違反に関する情報を90日以内に安保理に報告することを加盟国に求める。
2.制裁委員会に対して制裁対象となっている個人や企業の制裁違反に対応することを指示する。
3.国連専門家委員会(制裁監視チーム)の権限を更新し、委員を7人から8人に増やす。
4.加盟国が提訴を恐れることなく制裁を実施できるようにするよう施策を強化する。
政治トラック
1.安保理の外向的解決への関与を繰り返して述べ、加盟国が話し合いによる解決に努力することを歓迎し、6者会談を支持することを再確認する。
2.安保理は北朝鮮の行動を継続的に見直し、対応を適切に調整することを確言する。
3.北朝鮮がさらなるロケット発射あるいは核実験行った場合は、「さらなる重大な対応策」を講じる決意があることを表明する。
US Mission to the UN, "FACT SHEET: UN Security Council Resolution 2094 on North Korea",
http://usun.state.gov/briefing/statements/205698.htm
金融制裁についても強化され具体化された内容となっているが、いずれもそれが「核・ミサイル関連計画か安保理決議違反の場合」とされているので、これに抵触しない北朝鮮銀行の支店開設を許可したとしたとしても、決議に違反したことにはならない。一方、銀行支店の開設や金融取引が当該決議に抵触しているのかどうかという見極めも難しい。このあたりは、北朝鮮との経済関係があり金融取引や銀行支店開設を一元的に停止することができない中国の意向が反映されたのであろう。
これと関連してライス国連大使の記者会見では、記者から「罰則規定のない義務化では効力が薄いのではないのか」という質問が出され、「決議自体に意義があるのであり、特にそれが全会一致で行われたことからしても効果的な運用ができるであろう」と答えている。罰則規定云々以前に、上に書いたとおり義務履行違反をどのように認定するのかが難しい問題なのであろう。
また、話し合いによる解決の道筋が確保されていることも明記し、北朝鮮の対応如何では6者会談を再開して協議をする準備があることも明記している。安保理が発表する原文で確認する必要があるが、北朝鮮の核放棄が6者会談再開の前提になっていないことにも注意しておく必要がある。
これと関連し同記者会見では、制裁を強化したところで制裁と挑発の悪循環から抜け出すことができるのかという質問が出されている。これに対してライス大使は目的は制裁自体ではなく話し合いにより問題を解決するための決断を北朝鮮指導者に迫ることであると応じている。
US Mission to the UN, "Remarks by Ambassador Susan E. Rice, U.S. Permanent Representative to the United Nations, At the Security Council Stakeout, March 7, 2013",
http://usun.state.gov/briefing/statements/205792.htm
****<以上、追記>****
それでは、この「声明」を出した北朝鮮は何をするのだろうか。「休戦協定白紙化」というショッキングな言葉が出ているので、これが声明のトップにあるようであるが、実はトップは「第2、第3の対応措置」である。「第1の対応措置」は第3回核実験であったわけだから、さらなる核実験を実施するという威嚇である。しかし、これについては北朝鮮は既に繰り返し述べてきているので新しい話ではない。北朝鮮が中国の影響力についてどのような読みをしているのかは分かないが、さらなる核実験をやったとしても北朝鮮の不安定化を恐れてこれ以上強い措置を取ることができないと読むならば、さらなる核実験もあり得る。しかし、核実験カードを安易に乱発するとその効力が薄まってしまうので、核実験については威嚇で終わるかもしれない。本当にあるのかどうか分からない長距離弾道ミサイルの発射もしないであろう。それは「ある」と思わせておいた方が良いわけで、威嚇であるだけなら短距離ミサイルを海に向けて発射する程度で十分である。
『労働新聞』、「최후승리는 자주권수호에 떨쳐나선 우리 군대와 인민에게 있다 조선인민군 최고사령부 대변인성명」、
http://www.rodong.rep.kp/InterKo/index.php?strPageID=SF01_02_01&newsID=2013-03-06-0001&chAction=L
問題となる「休戦協定白紙化」は、「声明」の項目2番目に挙げられており、「3月11日、その時刻から形式的にであれ維持されていた朝鮮停戦協定の全ての効力を全面白紙化する」とし、「我々も停戦協定の拘束を受けず、任意の時期、任意の対象に対して制限なく、思い通りに正義の打撃を加え、民族の宿願である祖国統一大業を達成する」としている。「声明」で「我々も」と言っている点からして、米国は既に停戦協定を白紙化しているという認識なのであろう。(これに関して、「事実上もうとっくにそうなっている」という記事を読んだのだが、どの記事だったか失念してしまった。)
<追記:3月8日>
北朝鮮は「祖国平和統一委員会」の発表として、「休戦協定白紙化」に加えて「南北不可侵条約破棄」を表明した。「休戦協定白紙化」で表明していた「板門店代表部の活動停止」に加えて「北南連絡通路(電話)遮断」を表明した。南北不可侵条約はいわば休戦協定とセットなので、威嚇の度合いを上げた以上の意味はないであろう。さらに、本当に北朝鮮が韓国と対決をするつもりであるならば、開城工業団地も閉鎖するはずであるが、こちらには一切触れていない。韓国を攻撃するならば、まずここで勤務する韓国人を人質にするか追い出して、韓国の資産を全て没収することから始めるであろう。
****<以上、追記>****
日本時間昨夜の米国務省定例記者会見では、この問題につて冒頭で質問が出された。記者は「停戦協定白紙化」の意味について質問をしているが、ベントレル国務長官は弁護士の話を聞いてから答えると即答を避けている。私も停戦協定を改めて読んでみたが、やはり法文というか、かなり分かりにくい。
U.S. Department of State, "Daily Press Briefing",
http://www.state.gov/r/pa/prs/dpb/2013/03/205667.htm
協定条文で北朝鮮の声明と関連しそうな部分は、まず第1条2「当事者双方はDMZ(非武装地帯)の中、DMZから、DMZを超えて敵対行為を行わない」である。国際法で「hostility act」というのをどのように解釈するのか、つまり相手に対する「攻撃」を意味するのか、米韓合同演習のような「威嚇」も意味するのか。後者であるとするとその幅は限りなく拡がってしまうので、前者のような気がする。しかし北朝鮮は、強引に後者と考えている可能性は十分にある(この点についても上記同様、「労働新聞」の記事でこの認識を表明しているが、記事を失念。追って再調査)。
協定条文の第5条61では、「この停戦協定への改定と追加は双方の同意」が必要とされているが、一方的な破棄については触れられていない。
そして何よりも重要なことは下記の署名者である。
NAM IL
General, Korea People's Army
Senior Delegate,
Delegation of the Korean People's Army
and
the Chinese People's Volunteers(ボールド化、川口)
WILLIAM K. HARRISON, JR.
Lieutenant General, United States Army
Senior Delegate,
United Nations Command Delegation
つまり、北朝鮮が停戦協定を一方的に破棄するとしても、最低限、一緒に戦い停戦協定に署名した中国人民義勇軍に相談をすべきである。それをやらずして破棄するということは、中国に対して大変無礼な行為であることはいうまでもない。「休戦協定白紙化声明」に対しては「全ての関係国は冷静に」というコメントしか出していないが、中国としては「休戦協定白紙化声明」をまともに取り扱っていないのであろう。
FindLaw, "TEXT OF THE KOREAN WAR ARMISTICE AGREEMENT",
http://news.findlaw.com/cnn/docs/korea/kwarmagr072753.html
<追記:3月8日>
北朝鮮は、3月7日「北朝鮮外務省スポークスマン声明」を出して「侵略者の本拠地(複数)に対する核先制打撃権利を行使する」と威嚇している。そもそも、北朝鮮の核が「侵略者の本拠地」に到達するのかというのも疑問であるが、一応注意しておく必要はある。
『労働新聞』、「조선민주주의인민공화국 외무성 대변인성명」、
http://www.rodong.rep.kp/InterKo/index.php?strPageID=SF01_02_01&newsID=2013-03-08-0009&chAction=L
これについて、米国務省定例記者会見で出された記者の質問にヌーランド報道官は「北朝鮮の言葉による挑発は驚くに値しない。・・・(しかし、)この機会に言っておくならば、米国は北朝鮮の弾道ミサイル攻撃を防衛する能力を有している。また、我々は韓国と日本の防衛にも着実に関与し、地域の平和と安定を維持する」と述べている。しかし、国務省報道官が北朝鮮の弾道ミサイル攻撃の可能性について言及し、それに対して米国は防衛能力があると述べているのは、やはり「銀河3-2号」の打ち上げと第3回核実験の成功が米国の安全保障上の脅威のレベルを上げたことを示しているのであろう。
U.S. Department of State, "Daily Press Beiefing",
http://www.state.gov/r/pa/prs/dpb/2013/03/205831.htm#NORTHKOREA
上で北朝鮮は韓国を攻撃しないであろうと書いたが、不安要素が一つある。金正恩さんは3月7日「西南前線の最南端・・・チャンジェ島防御隊とムド英雄防御隊を再び」視察した。これらの島は、北朝鮮が認めていないNLL付近にある島で、米韓合同軍事演習がNLL一体で行われたことを口実に再び韓国(ヨンピョン島)に対する何らかの攻撃を行うための準備の可能性も排除できない。現時点では攻撃が確定していないにしても、何かの都合で攻撃した場合、それを金正恩さんの業績とすることができるからである。こちらも威嚇に終わってほしいが、注意しておかなければならない。
『労働新聞』、「조선인민군 최고사령관 김 정 은동지께서 서남전선의 최남단 최대열점지역에 위치한 장재도방어대와 무도영웅방어대를 또다시 시찰하시였다」、
http://www.rodong.rep.kp/InterKo/index.php?strPageID=SF01_02_01&newsID=2013-03-08-0001
一応、ここ数日間の展開を時系列的に追ったつもりだが、あまりうまくまとめることはできなかった。関連部分のurlぐらいは参考になるかもしれない。