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    ブータン訪問地の位置関係:事前学習を怠ったので事後学習 (2024年3月31日)

    ブータンに行くまで、そして敢えて言えば今でも、ブータンの地図上の位置から始まり基本的な位置関係についてよく分かっていない。『地球の歩き方 ブータン』で事前学習を試みたが、そもそも全体像が全く分かっていないので諦め、事後学習をすることにした。

    ブータンの位置はブータン単独で見るよりもインドの地図で見た方が分かりやすい。ブータンは西、南、東の国境でインド、北の国境で中国と接している。私は、「案内員」の話からして西の国境はネパールと接しているとばかり思っていたが、この地図からも分かるようにインドが間に挟まっている。
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    Source: The World Factbook, CIA, https://www.cia.gov/the-world-factbook/

    ブータンの地図。これまで書いた記事との関係で行くとThimphu(ティンプー)が首都。その西にあるParoが国際空港の所在地。一つ前の記事に書いたタクツァン寺院はParo(パロ)空港の北西11kmぐらいの地点にある。Thimphuの東にWangdue Phodrang(ワンデュポダン)がある。ThimphuからWangdue Phodrangに至るルートにはDochula Pass(ドーチュラ峠)がありヒマラヤ山脈が展望できることになっているが、往路も復路も天候が悪く見られなかった。Wangdue Phodrangの東にはTrongsa(トンサ)があるが、ここはトンサ・ゾンからV字型谷の「行軍」をした場所。
    20240331 BT-map
    Source: The World Factbook, CIA, https://www.cia.gov/the-world-factbook/

    パロ空港とタクツァン寺院の位置関係
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    Source: Google Earth

    ティンプ、ドーチュラ峠、プナカ、ワンディポダンの位置関係。既出の記事では、Pnakha(プナカ)にあるスーパー男性器の「お坊さん」を祀ったチミ・カランがこの区間に位置する。
    20240331 tpwang333333
    Source: Google Earth

    なお、今回の旅行で使用した主要な道路は「PNH-1」。Bhutan National Highwayなのになぜ「P」なのかという問に対する答えを移動中の車内で見出すのにしばらく時間がかかったが、「P」は「Primary」であることが分かった。「PNH-1」はティンプーと東部のツァシガンを結んでいる(512km)。その他にも「SNH-xx」という道も通ったが「Primary」が判明した後だったので、直ぐに「Secondary」ということが分かった。「PNH-1」片側1車線の舗装路(部分的に崖崩れの影響で舗装部分が破壊され、未舗装路となっている)。トヨタ・プラドは60km/h前後で走行し、速度の遅い軽自動車やトラックはどんどん追い越していった。
    20240331 pnh1kakunin
    Source: Google Earth

    PNH-1の標識。写真では見られないがティンプーを起点とした距離が側面に書かれている。
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    Source: 2024/03/19

    ブータンの道路に関しては、下のブータン政府が発行した資料が参考になる。
    https://www.moit.gov.bt/wp-content/uploads/2014/03/Road-Classification-System-in-Bhutan-Final.pdf

    各地点の位置関係。過去記事ではジャッカルは街の様子、ウラ村は「TikTokで遊ぶ子供達」などを紹介した。
    20240331 jakamadekakunin
    Source: Google Earth

    自分でもよく分かっていなかった「元副村長の家」の相対的な位置。黄色で囲んだHome Stayは「元副村長の家」ではないが、このHome Stayのもっと奥まったところに「元副村長の家」がある。
    20240331 soncho
    Source: Google Earth

    Jakar(ジャッカル)からUR(ウラ村)に至る道。オレンジ色の部分が一番雪深かった場所で(標高3400m)、雪の影響で断線した電力線を修理するために政府の車が来ていた。ナンバープレートのBGは「Bhutan Government」を示している。その他に「BT」は「Bhutan Taxi」、「BP」は「Bhutan Private」(個人所有の車)、「RBP」は(Royal Bhutan Police)で警察。軍用車も見たが、ナンバープレートは確認できなかった。

    20240331 jakurarot
    Source: Google Earth

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    Source: 2024/03/18

    ブータンも北朝鮮も「案内員」必須の旅行3:苦難の行軍、「ゾン」の機能、仏教系主要人物、特別撮影 (2024年3月30日)

    ブータンの「案内員」は、案内初日に日本の手配会社から渡された旅程表に書いてある日程と自分がブータンの支社から受け取った旅程表に書いてある日程が同一であるかどうかを客(筆者)と確認した。「案内員」が持っている旅程表は英文、私が受け取った旅程表は日本文だったが旅程は同じだった。

    そして、基本的に旅程表に書かれたコースを回るわけだが、天候等の影響により変更されることは当然あり得る。今回の旅行期間について言えば、ブータン中部の峠で大雪が降るという事態があった。幸い、私の場合は使用していた車がプラドであったことと、道路が閉鎖された日と1日ずれていたので、天候による大きな旅程変更はなかったが、同じホテルに宿泊していたドイツ人グループは道路閉鎖の影響を受けて次の目的地に行くことができなくなったと「案内員」が言っていた。

    3月22日には、トンサ・ゾンという城塞寺院を訪問した。
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    Source: 2024/03/22

    この寺院は、V字型の谷の上に位置している。V字型の谷の反対側には展望台を兼ねた売店があり、旅程ではこの売店から徒歩で谷を下り、トンサ・ゾンに登ることになっていたようだ。しかし、私はそのことを十分に認識していなかったので、「案内員」の「今日は、雨の影響で道の状態が悪いから歩くのは止めましょう」と提案に何も考えずに「そうですね」と応えた。結果、旅程は変更され、車でトンサ・ゾンのゲートまで行き、ゾンを見学後にはトンサの市場を散策することになった(それも後から分かった)。

    一通りトンサ・ゾンを見学後、出口のようなところに来たところで「案内人」が「ここから歩いても行けます」と言った。天気も良かったので私が反射的に「では、歩きましょう」と応えると、「トンサの市場は見なくてもいいですか」というので、気軽に「いいですよ」と応えた。そして、何が待ち構えているのか分からないまま「分かりました。では歩きましょう」ということになった。

    何が始まったのかというと、下の写真の右のトンサ城(トンサ・ゾン)から谷を下り、Bazamと書かれた谷川にかけられた橋を渡り、左側にあるView Pointまで登る行軍だった。
    20240330 tonsajo

    ここで少し「ゾン」について紹介しておく。「ゾン」というのは古い城なのだが、実は観光用だけの建物ではなく、寺院と行政機関が入っており現行で機能している。日本で言えば、県庁+お寺といった感じだろうか。ブータン滞在中、「ゾン」をいくつか訪問したが、全てがそうだったかは記憶が曖昧ながら、そのほとんどがそうだった。上の写真には数人の僧が写っているが、同じ「ゾン」の中には下の写真にあるような行政機関(農業部など)が入っている。
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    Source: 2024/03/22

    また、ジャッカル・ゾンには「ICT担当者」の部屋もあった。別記事に書いたQRコード賽銭箱同様、何とも不思議な組み合わせだ。
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    Source: 2024/03/20

    行軍の話に戻す。下の写真では、手前が出発点、反対側の丘にある白い建物がView Point(展望台を兼ねた売店)である。
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    Source: 2024/03/22

    歩いたコースを見ると下のような感じになる。高度2051mのトンサ・ゾンから1800mの川に下り再び2100mの展望台に登る。高低差は僅か200mだったが、かなりの急勾配で上りはとてもきつかった。
    20240330 tonsakosu

    しかも、この日は天気が良く、気温もかなり上がっていた。このような行軍をするのなら、「案内員」も水を持って来ていたのだろうが、持っていなかった。私はどこに行こうがリュックの中に最低、500mlのペットボトルを入れて歩くことにしているのだが(移動中の車内には大量のペットボトルの水が積み込まれているものの)、この日は偶然、前日、下の写真にあるメンバル・ツォ(燃える湖、川なのだが湖と呼ばれている)に行ったときにペットボトルに汲んでおいた「聖水」2本がリュックに入っていた。私と「案内員」はこのボトルを1本ずつ分け合い、苦難の行軍はなんとか切り抜けることができた。最悪、View Pointで待っている運転手に水を届けてもらうことになるところだったが、まさに神様に救われた形だ。
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    Source: 2024/03/21

    「案内員」は24日の旅程に書かれていた「タクツァン僧院へのハイキング(往復約 6~7 時間)」での私の「行軍」能力を心配していたようだが、このV字谷の「行軍」後には、「問題ありませんね」と言っていた。実際、「タクツァン僧院へのハイキング」は全体としての勾配も緩やかで、V字谷の「行軍」よりも遙かに楽だった。しかし、最も有名な観光地、しかも好天に恵まれた日曜日ということもあり、外国人観光客のみならずブータン人観光客もかなりいて登山道が混み合っており、自分のペースで進めなかった。

    高度2600m地点にある最終駐車場からから3100mへの約500mの登りであるが、それほどきつく感じなかった。火災で焼けた寺院を修復する際、寺院の近くまで道を作る計画もあったが、現国王がそれを取りやめにさせたと「案内員」が言っていた。これは英断で、道など作っていたらタクツァン寺院の価値は色々な意味で落ちていたであろう。(下の写真の「タクツァン僧院」と書かれている地点は最終目的地ではなく、赤い矢印がある地点が「タクツァン寺院」、つまり旅程にある最終目的地となる。)
    20240324 taku33

    目的地のタクツァン寺院もかなり混んでいたが、信仰心の厚い「案内員」は五体投地をきちんとしていた。私はというと、さすがに仏像の前に立っている外国人観光客達の尻に向かって五体投地をするのは気が引けたので「案内員」と一緒にはしなかった(その後、観光客が立ち去り誰も仏像の前にいない間に五体投地をしたが)。ここの寺院でも「案内員」は色々とこの寺院についての話をしてくれたが、とにかく撮影禁止なので、後で写真を見ながら話を思い出すということができない。

    ここで、「案内員」の話に登場する、仏教系の主要人物について紹介しておく。あくまでも「案内員」の話に基づくもので、きちんと文献などで確認したものではない。

    1.お釈迦様3人
    ・インドで悟りを開いた初代のお釈迦様
    ・輪廻転生で蓮の花から生まれた2代目のお釈迦様(現行のお釈迦様で、生まれてから2500年ぐらい経っている。別記事に書いた「全裸踊り」の寺院には石段があり、半分ぐらい埋もれている。お釈迦様の1代は5000年で、現在、2500経過したからは半分埋もれたと。)
    ・3代目の未来のお釈迦様(上記、「石段」がある寺院には3代目のお釈迦様の仏像もあり、椅子に座っている。ブータンの仏像のほとんどは座像。ティンプーで早朝散歩中に1つだけ立像を見た。椅子に座っているのは、3代目として立ち上がる準備ができていることを示しているというのが「案内員」の説明)

    現妃の26歳の誕生日を記念して建立された釈迦立像(ティンプー市内)。蓮の花の上に立っているので、2代目のお釈迦様なのだろう。
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    Source: 2024/03/18

    2.建国の祖とされるチベットの僧、「髭さん」(シャブドゥン・ガワン・ナムゲル)
    「案内員」は「髭さん」と言っていたが、この人の像や絵画も寺院や「ゾン」にはたくさんある。

    3.「国を守る神様」と「案内員」が言っていた神様。

    4.観音菩薩(四方を目渡す目、足や手に目があるバージョンもある)

    5.ペマ・リンパ (前記の「燃える湖」に蝋燭を持ったまま飛び込んで、仏教の宝物を水中から見つけ出した僧。水の中に入っても蝋燭が消えなかったので、「燃える湖」と名付けられたというのが「案内員」の説明)

    「案内員」の寺院や「ゾン」の歴史的な説明は、だいたい、上記の5人が主要登場人物となって展開される。その対となって登場するのが悪魔や悪者。絵画や像で「国を守る神様」に踏みつけられているのは男と女それぞれ1人。男は着衣状態だが女はいつも全裸で女性器がはっきりと描かれている。不浄な女の象徴なのだろうか。

    予定された旅程どおりであれば、ここで引き返すことになるのだが、さらに上にもう一つ寺院が見えた。見ているとそこに向かう人はほとんどおらず、さらに高い「高地」を占領したいという欲望は高まる。「案内員」に「あそこも行きましょうか、予定より早く着いているから時間はありますよね」と言ったら、若干躊躇した様子を示しつつも「はい、行きましょう」と応じてくれた。

    出発点は右下岩の辺りのお寺、目標は雲がある辺りにある頂上(のように見える)お寺。
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    Source: 2024/03/24

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    高低差150mぐらいの山を登り、高度3200mぐらいの地点に到達する。道はあるが、勾配はきつかった。
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    寺院なので、当然、「案内員」は五体投地をすることになるのだが、残念ながら僧がいない。鍵こそかけられていないが、「案内員」は僧が不在の寺には入ろうとしない(市街地の寺で例外もあったが)。寺の周囲に道があり、時計回りに回りながら景色を楽しんでいると、僧が戻ってきた。僧は我々を寺の内部に招き入れて、色々と説明をしてくれた。賽銭を出そうと思ったら、ポケットに入っている一番少額の札は100ヌルタム(180円)。「案内員」のアドバイスで賽銭は10~20ヌルタムとしていたので、100ヌルタムは相対的には高額となる。しかしせっかくの機会なので五体投地をした後で賽銭100ヌルタムを置いた。例によって、僧からサフラン入りの「聖水」をもらって、頭につけた。この寺の直ぐ下には山から湧き出す「聖水」が出ているので、今思えば、この寺の「聖水」は飲んでも安全だったのだろう。
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    Source: 2024/03/24

    ブータンの寺にはサイコロが3つ置かれているところが多い。「案内員」からサイコロで運命を占うという話は聞いていたが、「案内員」も私も一度もやらなかった。しかしこの寺では「案内員」が占ってもらうというので、私もさらに100ヌルタム賽銭を出して僧に占ってもらった。13という西洋では不吉な数字が出たが、僧曰く「13は国を守る神様の数字だ。あなたは国を守る神様に守られている」と。「元帥様」の「核抑止力」よりも強そうな「国を守る神様」に守られているとは、何とも頼もしい話だ。

    一緒に記念写真撮影することを僧にお願いし、外に出ようとしたら僧は仏像の前で撮影しても良いと。「案内員」に「寺院内でもいいのか」と聞いたところ、「ここを管理している僧が言っているのだから大丈夫」と。「案内員」にとってもあまりない機会だったようで、私の撮影後に自分の写真も撮ってくれと頼まれたので撮影してあげた。

    中央にいるのが蓮の花から生まれた2代目のお釈迦様、左が「髭さん」、右が「国を守る神様」。この3人の写真を正式に撮影できたというのは私にとってもとても貴重だ。
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    Source: 2024/03/24

    この寺には宿坊が1室あり、「案内員」は近いうちに妻と共に宿坊に宿泊したいと言っていた。宿坊には使い回しの布団と簡単な調理施設があり、賽銭プラスα程度で宿泊できるのだと思う。

    下から見ると頂上のように見えるこの寺であるが、「上には上がある」という言葉どおり、さらに高いところにまた別の寺があった。「案内員」に「あそこまで行きましょう」と冗談で言ったら笑っていた。事後にGoogle Earthで調べてみるたところ、高度差は50mぐらいなので行けないこともなかったが、次にブータンを訪れたときの楽しみに取っておく。
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    Source: 2024/03/24

    山を下りながら「案内員」、「実はこのお寺まで大変だから登りたくなかった。でも結果的に来てとても良かった」と言っていた。とてもいい人だ。

    ポシンタンと犬の楽園、「大韓民国」狗肉禁止猶予3年、ブータンの「野良犬」、Gross Dogs' Happiness世界1位は、火葬 (2024年3月30日)

    ブータン旅行の往路、ソウルに立ち寄り、北韓大学院に留学している学生と会い、研究の進捗状況などについて話をした。この学生、女性ではあるが、ポシンタン(狗肉料理)の美味に取り憑かれている(ポシンタン屋に行けば分かるが、食べているのはほとんどが私のようなオッサンばかり)。美味の世界に初めて招待したのは私だったはずだが、その後、ソウルで話をするときは必ずポシンタン屋でということになっている。ポシンタン屋が会合場所として定着する過程では、脱北者経営する「北韓料理レストラン」なるところにも行ってみたが、高いだけで大して美味しくなかった。

    狗肉のジョンゴルとテラ・ビール。ビールの後は眞露焼酎に(チャミスルではない)。場所はチョンロ3街地下鉄駅から徒歩5分程度。「ユソンチプ(유성집)」という店。
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    Source: 2024/03/12

    日本ではあまり報じられていないかも知れないが、「大韓民国」では2024年1月9日、「犬の食用目的の飼育、殺戮、 屠殺及び流通などの終息に関する特別法案」が「国会本会議」を通過した。ただし、この法律が施行されるまで3年の猶予期間が定められてり、「大韓民国」で狗肉が食べられなくなるのは2027年だ。

    https://www.joongang.co.kr/article/25220727#home

    「逆徒」は大の愛犬家で、バイデンが「逆徒」に犬の首輪をプレゼントしたことを揶揄する朝鮮の漫画については過去記事でも紹介した。ただ、この法案については「逆徒」の犬好きが背景にあり制定されたものではなく、犬をペットとして飼う「大韓民国」民の増加により、そうした世論が形成された結果ということのようだ。

    思えば、1988年、「大韓民国」でソウル・オリンピックが開催するに際して、欧米の「帝国主義勢力」が「大韓民国」の伝統食文化を抹殺しようと「狂奔」したが、狗肉料理という看板を隠し「栄養スープ」などと料理名を変えて伝統食文化を守ってきた。もちろん当時は、犬をペットとして飼っている人はほとんどおらず、文字通り「番犬」として飼っている人が大部分だった。

    ところが、今回はいよいよ「大韓民国」から伝統食文化が消える事態となった。今後、朝鮮半島由来の本格的な狗肉料理は朝鮮か中国朝鮮族自治州でしか味わえなくなる。上記の「ユソンチプ」は狗肉料理の他にも鶏肉料理である「参鶏湯」も提供しているが、3年後には「参鶏湯」専門で生き残るのか、あるいは店をたたんでしまうのか。今回はこの日と翌日の昼、2回、この店に足を運んだが、人の良さそうな社長が気の毒に感じた。

    別記事に詳しく書こうと思っているが、北朝鮮は「地上の楽園」、ブータンは「世界で一番幸せな国」(GNH:Gross National Happiness)が非常に高い国とされている。しかし、ブータンに行くと分かるのは、幸せなのは人民だけではなく、犬もだということだ。敢えて言うなら、GDH: Gross Dogs' Happinessが非常に高い国のように思われる。

    過去記事にも書いたが、ブータンの朝は鳥の鳴き声ではなく、犬が吠える音で始まる。ブータン人民はそもそも仏教に対する信仰心から殺生を嫌う。私の「案内員」もベジタリアンで肉類は一切食べず、タンパク質は乳製品や卵、豆などから摂取すると言っていた。そのようなこともあり、「野良犬」がやたらと多い。「野良犬」と書いたが、よく見ているとその全てが「野良犬」ではないことが分かる。つまり、餌を与えるなどして犬は飼育しているが、鎖で繋がれておらず、勝手に動き回っている犬が相当数いる。家の周りには塀があるわけでもないので、犬たちは出入り自由、散歩になど連れて行かなくても、勝手気ままに散歩に出かける。そうした犬たちが朝になると「集会」を始めて、あちこちで吠えまくっているという状況のようだ。

    日本でブータン旅行の手配を依頼した旅行社からは「ブータンの人は安全だが、野良犬が多いから注意しろ」と言われていた。そんなこともあり、初めは朝歩いている際に犬が吠えながらこちらに走ってくるとかなり恐かった(狗肉を食べるので嫌われていたのかも知れないが)。しかし、走ってきてもある程度の距離を置いて吠えているだけで、飛びかかってくることもないことはほとんどないようだ。また、全ての犬が吠えるわけではなく、道路に寝そべって横を通り過ぎてもこちらを見るだけで動かない犬もいる。犬の種類には詳しくないが、小型犬から大型犬まで各種いるようだった。また、食べ物にありつけずに痩せこけた犬も一匹も見なかった。

    そのような状態なので、勝手に散歩に出かけた犬がカップルになり、どんどん子を生むので犬の数が増えていくのだろう。パロには「Dog Shelter 2」という看板が掲げられた建物があった。「案内員」に機能について尋ねたところ、「病気になった犬を連れて来て世話をする」とのことだった。どうやら、病気になり一匹では生活できなくなった犬を飼育したり、病気が治るまで面倒を見て、その後、再び「野良犬」に戻すという仕事をしているようだ。

    道路の真ん中に寝そべってひなたぼっこをしており、車が走ってきてもどこうともしない犬もいたが、今のブータンのモータリゼーションの状況では、そうした犬が車にひき殺されるという事故も大して多くないように感じた。私の運転手もゆっくりと徐行しながら犬様の横を通り過ぎていた。この点、牛の方が素直に道を譲っていた。

    さて、吠えないように声帯を除去され、家族の一員のように可愛がられているペット犬と勝手気ままに散歩に出かけるブータンの「野良犬」とどちらの「GDH」が高いのだろうか。

    ジャッカルでの犬の朝会。このような光景はあちこちで見られた。皆同じ色なので、親戚一同かも知れない。
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    Source: 2024/03/22

    <追記>
    犬案件、もう一つ思いだした。雪が積もったウラ村で、例によって寺院のお参りをしていた。寺院には靴を脱いで入らなければならないのだが、脱いだ場所に戻ってきたら靴が片方しかなかった。外を見ると、20mぐらい離れたところに靴が捨ててあった。犬が持って行ったようだ。ソウルで狗肉ジョンゴルとポシンタンを食べたのがそれほど気に入らないのか、かなり犬に嫌われていたようだ。

    さらについでに、ウラ村の火葬場。ブータンでは下の写真にある器のような容器の中で火葬をし、遺灰は川に流すという。しかし、遺灰の少量を残して、小さな容器に入れて仏教の聖地などに置くこともあるという。
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    Source: 2024/03/21

    遺灰を入れる容器。ここに置かれている容器全てに遺灰が入っているのかは分からないが、このような形状の容器に入れると「案内員」が言っていた。
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    Source: 2024/03/21

    ブータンの携帯電話:2つの会社のSIM、スマホの普及率、賽銭電子決済、中台対立、全裸踊り、警官の仕事、離婚率、マスク (2024年3月29日)

    ブータンに行く前に経由したソウル、ハノイ、バンコクでは、AMAZONで購入した韓国SIMと東南アジアSIMを使った。ブータンでも使えそうなSIMは売っていたものの値段も高かったので買わなかった。日本で旅行を手配した旅行社の話では、「イモトのWifi」が比較的よく繋がるという話だったが、これも高かったので止めておいた。結局、ブータン到着後、パロ空港でブータンのSIMを購入することにした。

    パロ空港には、SIMを販売している店が並んで2軒ある。ブータンテレコムとTashicellという2社であるが、ブータンテレコムの窓口には客がいたので、客がいないTashicellのSIMを購入することにした。ネット接続に使えるギガ数や使用期間、通話回数などにより何種類かのSIMが売られているが、私の場合10日間の滞在だったので、インターネット無制限、通話20回、使用期間2週間のSIMを1900ニュルタム(ブータンの通貨単位)で購入した。今のレートでは約3500円になる。

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    接続状態はというと非常に良い。旅行の全行程で峠の道で一時的に接続が切れたり、LTE接続から3G接続になったりしていたが、ほとんど問題なく接続できていた。「朝鮮中央TV」こそ視聴していなかったが、元副村長の孫がYouTube動画を見ていたように、動画の再生や静止画のメール添付での送信もそれほど時間はかからなかった。

    ジャッカルの丘の上に設置された携帯電話中継局のアンテナと思われるが、空港の近くなので航空管制業務用の無線のアンテナなのかも知れない。
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    Source: 2024/03/22

    携帯電話の普及率は非常に高いようで、印象的には誰でも持っているという感じだった。どこで聞いた話だったか忘れてしまったが、子供がある程度の年齢になると親たちは携帯電話を買ってくれるようせがまれるとのことだった。

    元副村長の孫達。母親か元副村長夫妻のスマホだと思うが、オンラインゲームをしたりYouTubeを見ている。
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    Source: 2024/03/22

    ウラ村で昼食を食べた民家の子供達もスマホでTikTokの動画を見ながら爆笑していた。私も一番小さな子と一緒にTikTok動画を見て笑っていたら、お友達になれた。
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    Source: 2024/03/21

    ジャッカルの携帯電話や家電製品の販売店。どこに行ってもVIVOの看板が一番目立っていた。価格についてはきちんと調べなかったが、ティンプーのホテルの「接待員(ウェイトレス)」のスマホ(メーカー、新品・中古未確認)は11000ニュルタム(約20000円)とのことだった。

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    Source: 2024/03/20

    一方、固定電話の普及率は相当低いと思われる。街には公衆電話はなく、下の写真も公衆電話と勘違いしてドアを開けてみたら、ブータン銀行のATMだった。「案内員」の話だと、携帯電話が普及する前は朝鮮にある「逓信局」(だったか?)のような場所があり、電話はそこからかけていたとのことだった。
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    Source: 2024/03/20、撮影地はジャッカル

    スマホによる電子決済もかなり使われており、「案内員」は昼食代や宿泊代の決済を全てブータン銀行の決済アプリを使って行っていた。

    ブータンではお寺に行くと五体投地というスタイルのお祈りをお坊さんの椅子と仏像にそれぞれする。私は特定の宗教には頓着がないので、文化だと思って「案内員」と一緒に何十回と五体投地をした。通常、「案内員」は業務中、お祈りはしないのだが、別記事に書いたように私の案内員はとても信心深い人だったので、必ずお祈りをしていた。五体投地の後には賽銭(10~20ニュルタム)を賽銭箱や仏像の前に置き、僧がいる場合は僧からサフランが入っている黄色い「聖水」を右手の手のひらに注いでもらい飲む。「聖水」は飲まずに頭に付けても良いと「案内員」が言ったので、私はそうしていた。

    話がそれたが、ジャッカルにあるジャンペ・ラカンというブータン最古の寺に行ったときのことだ。一通りお参りを済ませて出てきたところには賽銭箱が置かれており、QRコードが貼られていた。どうやら、電子決済でも賽銭が払える仕組みになっているようだ。ブータン最古の寺とQRコードでの賽銭決済、何とも奇妙な組み合わせだ。しかし、それ以上にエグかったのが、中国と台湾の賽銭合戦。何と賽銭を供える台の一番目立つ場所に中国の100元札と台湾の100ニュー台湾ドル札が対抗するように並べられていた。ここまで来てやっているなよと嫌な気持ちになった。残念ながら寺院内なので、QRコード賽銭箱も中台対立も撮影することはできなかった。

    ジャンペ・ラカンの広場
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    Source: 2024/03/20

    携帯電話とは全く関係ない話をもう一つ書いておく。上の写真にあるジャンペ・ラカン寺の広場では、年に1度、18歳以上の男子が夜間、たき火の回りで全裸で踊る祭りが開催されているという。踊りの撮影は禁止されているのだが、ある年、誰かがデジカメだかスマホで全裸踊りを撮影し、大きなもめ事になった。また、村の中にも、全裸で踊るこの行事に参加することを躊躇する男性もおり、村人が話し合った結果、この行事を取りやめることになった。取りやめることについて県知事に相談したところ、村の決定であればそうすれば良いとのことだった。ところが全裸踊りを中止した年、村では病人が多く発生し、天候不良で農作物の収穫も大きく落ちた。村人は全裸踊りを中止したからだということで、再び話し合い、全裸踊りを再開することにし、再び県知事に相談したところ、村人の決定通りにすれば良いという返事だった。全裸踊りは女性、外国人も含む全ての人に公開されており、これを目当てに来る外国人も多いと「案内員」が言っていた。ブータン人では女性の見物客が多いとも。この事件が起きたのは2015年頃だと「案内員」が言っていた記憶があるが、はっきり覚えていない。いずれにせよ、当時と比べてスマホははるかに普及しているはずなので、再び隠し撮り案件が出てこない共限らない。

    ブータン警察の重要な仕事の一つはスマホを持ち込み禁止区域に持ち込んでいないか検査することだ。ブータンといえば必ず出てくる観光地、タクツァン寺院ではスマホやカメラの持ち込みが厳しく制限されている。観光客は、入り口でこれらをロッカーに預けなければならない。周囲には警察官が複数いて、ポケットが膨らんでいる観光客をチェックしていた。「案内員」の話によると、タクツァン寺院では何年か前に火災が発生したという。ブータンの寺院やゾンと呼ばれる城では蝋燭を火元とする火災がかなり発生しているようだ。タクツァン寺院では火災後、現国王が訪問し、それまで許可されていたカメラ等の持ち込みを一切禁止にしたとのことだ。火災とカメラの因果関係はないのだが、主教上のリスペクトのためなのか、文化財の写真の拡散を阻止し、ブータンを訪問してこそこれらの文化財を見られるようにするツーリズム振興政策の一環なのかは分からない。

    ブータンの清水寺のようなタクツァン寺院。もちろん、清水寺とは規模も標高も到達するための難易度も異なる。
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    Source: 2024/03/24

    突然だが、ブータンでは離婚率が高いようだ。統計に基づく話ではないが、前出の「接待員(ウェイトレス)」も男女共に浮気が原因で離婚するケースがとても多くなっていると言っていた。また、別のホテルの「接待員」も自分は離婚し、女手一つで子供を育てていると言っていた(男が女を作って出て行ったと)。この件について「案内員」に質問してみたところ、ブータンでは昔から「夜這い」という習慣が存在すると言っていた。しかし、「夜這い」が原因で離婚に至ることは一般的になく、離婚は好ましくないものと考えられていたという。では、なぜ最近になって離婚が増えているのか。朝鮮的には「資本主義の腐敗・堕落した生活習慣の蔓延」ということになるのかもしれないが、「案内員」はその原因として「携帯電話の普及」を挙げた。携帯電話がない時代は、男女が知り合う範囲は村の中(「夜這い」が可能な範囲)だけしかなく、浮気相手を見つけることも難しかったという。ところが、携帯電話が普及した結果、ブータン全土に男女が知り合う範囲が拡大し、それが離婚率の増加に繋がっているということだった。あくまでも「案内員」の話ではあるが、そんなことに携帯電話が影響しているとは思ってもみなかった。「腐敗・堕落した資本主義社会」ではどうなのだろう。

    パロ・ツェチュ祭に来て、スマホを見ながら話をする若い男女のグループ。ブータン人民はほとんどマスクを着用していないが、少しいた。ジャッカルでは小学校や中学校に登校する子供達のマスク着用率が高い印象だったが、日本と同様に感染症対策とは関係なく、生活習慣的、精神的にマスクを外せなくなっているのかも知れない。
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    Source: 2024/03/25

    ブータンも北朝鮮も「案内員」必須の旅行2:自由度 (2024年3月29日)

    「ブータンも北朝鮮も『案内員』必須の旅行1」には、ブータンの「案内員」について朝鮮の「案内員」との若干の比較をしながら書いた。

    では、「案内員」が必須のブータン旅行の自由度は朝鮮と比べてどうなのだろうか。端的に言って、朝鮮とは比較にならぬほど自由度は高い。そもそも「案内員」を随行させる目的が朝鮮とは異なっている。朝鮮の場合は、案内業務の他に観光客が観光ルート以外の場所に勝手に行ったり、不適切な場所で写真撮影をしないように監視する業務がある。一方、ブータンの「案内員」は純粋に案内業務をしているだけで、監視機能は全くない。もちろん、寺の中など撮影が禁止されている場所では撮影に関する注意はするが、その他に撮影が禁止されている場所はなかった。数回、ブータン軍の基地や訓練施設の横を通過したが、私は撮影しなかったものの、恐らく撮影をしても何も言われなかったと思う。「あそこがブータン軍の訓練場だよ」と教えてもらい丘の上から撮影した写真があるのだが、どれだか分からなくなってしまった。訓練場からは早朝、お経のような声が聞こえていた。

    そのため、「案内員」は当日の予定された観光ルートの案内を終えてホテルに帰着すると自分の部屋に行ってしまう。朝鮮の場合は街中にある高麗ホテルでは「ホテルから出ないで下さい」、大同江の中州にあるヤンガクド・ホテルの場合は「ホテルの敷地から出ないで下さい」と言われるのだが、ブータンの場合はそのようなことは一切ない。

    私の場合、ホテルに帰着後は疲れているので外出することはしなかったが、早朝、2時間ほど毎日、1人で散歩に出かけていた。観光客で早朝、1人で散歩に出かける人はあまりいないからなのか、初日は「案内員」も少し驚いていたようだが、「気を付けて歩いて下さいね」と言う程度で散歩を禁じるようなことはなかった。「案内員」といる時間は彼から色々な話を聞けてとても勉強になるのだが、やはり旅行には1人で勝手気ままに歩く時間がなくてはならない。

    例えばポブジカ谷では、元副村長の家から村の一番奥にある民家を通過して小高い丘に登った。
    20240329 tozanpob
    Source: 2024/03/23

    またジャッカルでは、国内線のブンタン空港を見に行ったついでに少し丘を登ってみたら展望の良い村があった。
    20240329 buntankuko
    Source: 2024/03/22

    村に至る道。ブータンの道にはこのようなお経(らしき文字)が書かれた壁があちこちにある。
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    Source: 2024/03/22

    朝鮮でこのような行動をすれば、人民に通報され、「案内員」は慌てふためくことになるのだろうが、ブータンではそのようなことは一切ない。さらにはブータン人民が日常的に使う商店での買い物、私は試す機会がなかったが、普通の食堂やパブでの飲食も自由にできる(ただし、食堂に関しては、外国人適合の食堂しか使えないという話もある。主として食品衛生面の問題なのだろう)。

    朝鮮の「案内員」に「私は朝鮮語も話せるから自由に街の中を歩いて、人民と交流したい」と言ったら、「先生のような人だけならいいが、我々の周囲には敵対勢力がたくさんいるから」と言っていたが、これが「敵対勢力」がいないブータンとの違いに繋がっているのだろう。
    プロフィール

    川口智彦

    Author:川口智彦
    「크는 아바이(成長するオッサン)」

    ブログの基本用語:
    「元帥様」=金正恩朝鮮労働党委員長(上の絵の人物)、2016年12月20日から「最高領導者同志」とも呼ばれる
    2021年1月11日から「総秘書同志」
    「首領様」=金日成主席
    「将軍様」=金正日総書記
    「政治局員候補」=金ヨジョン(「元帥様」の妹)、2018年2月11日から「第1副部長同志」とも
    「白頭の血統」=金一族
    「大元帥様達」=「首領様」と「将軍様」
    「女史」=李雪主夫人(2018.07.26より「同志」に)

    우 그림은 충정 담아 아이가 그린 경애하는 김정은원수님이십니다.


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