「朝日政府間会談で合意した内容」:「朝鮮中央通信」が報道した日本文、日朝交渉の行方は、総連ビルは (2014年5月30日 「朝鮮中央通信」)
ストックホルムで開催された日朝間会談の結果の大筋を29日、「朝鮮中央通信」が伝え、同内容を「朝鮮中央TV」の「20時報道」の最後で読み上げた。また、30日付けの『労働新聞』には、「朝日政府間会談結果と関連する報道」というタイトルで「朝鮮中央通信」の報道を引用した記事が掲載されている。
「朝日政府間会談結果と関連する報道」を読み上げるアナウンサー

Source: KCTV, 2014/05/29放送
日本政府は29日午後の内閣官房長官定例記者会見において資料配付をしながら公表している。「朝鮮中央通信」が29日のどのタイミングで本件に関する報道をしたのかは確認できていないが、少なくとも同日夜には同通信HPに日本語の翻訳文と共に掲載されていた(ただし、外国語はその時点では日本語のみ。31日朝には同通信が準備している全ての言語である英、中、西、日に翻訳されている)。
29日の「朝日政府間会談結果と関連する報道」では、会談での合意事項の大筋を伝えるだけの内容であったが、30日には「朝鮮中央通信」が「朝日政府間会談で合意した内容」として日本語の翻訳文と共に日本政府が記者会見で配付した資料とほぼ同じ内容の記事を配信した。
興味深いのは、日朝双方が発表した合意文が翻訳文を比較してもほぼ語彙レベルで一致している点である。当然といえば当然なのかもしれないが、北朝鮮との合意文作成では、双方が発表する文に違いがあるケースは少なくない。最近では、韓国との間の開城工業団地など南北関係改善のための協議の合意文、そして2012年2月29日に米国との間で締結された「2.29米朝合意」がそれに当たる。特に後者は、「ロケット発射」を巡る双方の主張に著しい差があり、結局、同年4月に北朝鮮が「銀河3-1」号朗ケットを発射したことで、この合意は流れてしまった。
そのようなことからすると、今回の日朝合意文は、恐ろしいほど一致している。英文に翻訳された文書も読んでみたが、朝鮮文(=日本文)に忠実に翻訳されている。以下、「朝鮮中央通信」が配信した「合意した内容」(同通信が配信した日本文)と『毎日新聞』に掲載された「日朝協議:合意事項の全文」を並べて掲載しておく。「首相官邸」、「外務省」など政府関連のサイトで配布された文書を探してみたが、見つけることが出来なかった。
『毎日新聞』、「日朝協議:合意事項の全文」、http://mainichi.jp/select/news/20140530k0000m010096000c2.html
C=「朝鮮中央通信」、M=『毎日新聞』
C:「 双方は、朝日平壌宣言に従って不幸な過去を清算し、懸案を解決し、国交正常化を実現するために真しな協議を行った。」
M:「双方は、日朝平壌宣言にのっとって、不幸な過去を清算し、懸案事項を解決し、国交正常化を実現するために、真摯(しんし)に協議を行った。」
C:「日本側は、共和国側に1945年を前後にして共和国領内で死亡した日本人の遺骨および墓地、残留日本人、日本人配偶者、拉致被害者および行方不明者を含むすべての日本人に対する調査を要請した。」
M:「日本側は、北朝鮮側に対し、1945年前後に北朝鮮域内で死亡した日本人の遺骨及び墓地、残留日本人、いわゆる日本人配偶者、拉致被害者及び行方不明者を含む全ての日本人に関する調査を要請した。」
C:「共和国側は、日本側がかつて拉致問題に関連して傾けてきた共和国の努力を認めたことを評価し、従来の立場はあるが、すべての日本人に対する調査を包括的かつ全面的に行って最終的に日本人に関するすべての問題を解決する意思を表明した。」
M:「北朝鮮側は、過去北朝鮮側が拉致問題に関して傾けてきた努力を日本側が認めたことを評価し、従来の立場はあるものの、全ての日本人に関する調査を包括的かつ全面的に実施し、最終的に、日本人に関する全ての問題を解決する意思を表明した。」
C:「日本側はこれに従って、最終的に現在、日本が独自に取っている対朝鮮(制裁)措置を解除する(国連安保理決議に関連して取っている措置は含まれない)意思を表明した。」
M:「日本側は、これに応じ、最終的に、現在日本が独自に取っている北朝鮮に対する措置(国連安保理決議に関連して取っている措置は含まれない)を解除する意思を表明した。」
C:「双方が取る行動措置は、次のとおり。 双方は、早い時日内に次の具体的な措置を実行に移すことにし、そのために緊密に協議していくことにした。」
M:「双方が取る行動措置は次の通りである。双方は、速やかに、以下のうち具体的な措置を実行に移すこととし、そのために緊密に協議していくこととなった。」
C:「―日本側
第一に、共和国側と共に朝日平壌宣言に従って不幸な過去を清算し、懸案を解決し、国交正常化を実現する意思を再び明らかにし、日朝間の信頼をつくり、関係改善を志向して誠実に臨むことにした。」
M:「−−日本側
第一に、北朝鮮側と共に、日朝平壌宣言にのっとって、不幸な過去を清算し、懸案事項を解決し、国交正常化を実現する意思を改めて明らかにし、日朝間の信頼を醸成し関係改善を目指すため、誠実に臨むこととした。」
C:「第二に、共和国側が包括的調査のために「特別調査委員会」を設け、調査を開始する時点で人的往来規制措置、送金報告および携帯輸出申請金額に関連して共和国に取っている特別な規制措置、人道目的の共和国国籍船舶の日本入港禁止措置を解除することにした。」
M:「第二に、北朝鮮側が包括的調査のために特別調査委員会を立ち上げ、調査を開始する時点で、人的往来の規制措置、送金報告及び携帯輸出届け出の金額に関して北朝鮮に対して講じている特別な規制措置、及び人道目的の北朝鮮籍の船舶の日本への入港禁止措置を解除することとした。」
C:「 第三に、日本人遺骨問題に対しては共和国側が遺族の墓参り訪問の実現に協力したことを高く評価し、共和国領内に放置されている日本人の遺骨および墓地の処理、墓参り訪問に関連して共和国側と引き続き協議し、必要な措置を取ることにした。」
M:「第三に、日本人の遺骨問題については、北朝鮮側が遺族の墓参の実現に協力してきたことを高く評価し、北朝鮮内に残置されている日本人の遺骨及び墓地の処理、また墓参について、北朝鮮側と引き続き協議し、必要な措置を講じることとした。」
C:「ハ キ ナ フ」(typoと思われるエラー)
C:「 第四に、共和国側が提起した過去の行方不明者に対して引き続き調査を実施し、共和国側と協議して適切な措置を講じることにした。」
M:「第四に、北朝鮮側が提起した過去の行方不明者の問題について、引き続き調査を実施し、北朝鮮側と協議しながら、適切な措置を取ることとした。」
C:「第五に、在日朝鮮人の地位に関連する問題に対しては朝日平壌宣言に従って誠実に協議していくことにした。」
M:「第五に、在日朝鮮人の地位に関する問題については、日朝平壌宣言にのっとって、誠実に協議することとした。」
C:「第六に、包括的で全面的な調査の過程に提起される問題を確認するために共和国側の提起に対して日本側の関係者との面談、関連資料の共有など、適切な措置を講じることにした。」
M:「第六に、包括的かつ全面的な調査の過程において提起される問題を確認するため、北朝鮮側の提起に対して、日本側関係者との面談や関連資料の共有等について、適切な措置を取ることとした。」
C:「 第七に、人道的見地から適切な時期に共和国への人道的支援を実施することを検討することにした。」
M:「 第七に、人道的見地から、適切な時期に、北朝鮮に対する人道支援を実施することを検討することとした。」
C:「 ―共和国側
第一に、1945年を前後にして共和国領内で死亡した日本人の遺骨および墓地と残留日本人、日本人配偶者、拉致被害者および行方不明者を含むすべての日本人に対する調査を包括的かつ全面的に実施することにした。」
M:「−−北朝鮮側
第一に、1945年前後に北朝鮮域内で死亡した日本人の遺骨及び墓地、残留日本人、いわゆる日本人配偶者、拉致被害者及び行方不明者を含む全ての日本人に関する調査を包括的かつ全面的に実施することとした。」
C:「 第二に、調査は一部的な調査だけを優先視せず、すべての分野に対して同時並行的に行うことにした。」
M:「第二に、調査は一部の調査のみを優先するのではなく、全ての分野について、同時並行的に行うこととした。」
C:「第三に、すべての対象に対する調査を具体的に真しに行うために特別な権限(すべての機関を対象に調査できる権限)が付与された「特別調査委員会」を設けることにした。」
M:「第三に、全ての対象に対する調査を具体的かつ真摯に進めるために、特別の権限(全ての機関を対象とした調査を行うことのできる権限)が付与された特別調査委員会を立ち上げることとした。」
C:「第四に、日本人遺骨および墓地、残留日本人および日本人配偶者をはじめ日本人に関連する調査および確認状況を随時日本側に通報し、その過程に発見される遺骨の処理と生存者の帰国を含む去就問題は日本側と適切に協議することにした。」
M:「第四に、日本人の遺骨及び墓地、残留日本人並びにいわゆる日本人配偶者をはじめ、日本人に関する調査及び確認の状況を日本側に随時通報し、その過程で発見された遺骨の処理と生存者の帰国を含む去就の問題について日本側と適切に協議することとした。」
C:「 第五に、拉致問題に対しては拉致被害者および行方不明者に対する調査状況を随時日本側に通報し、調査の過程に日本人生存者が発見される場合、その状況を日本側に知らせ、帰国させる方向で去就問題に関連して協議し、措置を講じることにした。」
M:「第五に、拉致問題については、拉致被害者及び行方不明者に対する調査の状況を日本側に随時通報し、調査の過程において日本人の生存者が発見される場合には、その状況を日本側に伝え、帰国させる方向で去就の問題に関して協議し、必要な措置を講じることとした。」
C:「 第六に、調査が進ちょくすることに合わせて日本側の提起に対してそれを確認できるように日本側関係者の共和国滞在、関係者との面談、関係場所の訪問を実現させ、関連資料を日本側と共有して適切な措置を講じることにした。」
M:「 第六に、調査の進捗(しんちょく)に合わせ、日本側の提起に対し、それを確認できるよう、日本側関係者による北朝鮮滞在、関係者との面談、関係場所の訪問を実現させ、関連資料を日本側と共有し、適切な措置を取ることとした。」
C:「 第七に、調査は迅速に行い、その他の調査の過程に提起される問題はいろいろな形式と方法で引き続き協議し、適切な措置を講じることにした。」
M:「第七に、調査は迅速に進め、その他、調査過程で提起される問題はさまざまな形式と方法によって引き続き協議し、適切な措置を講じることとした。」
このように、翻訳上の違いは若干あるものの、内容においては完全に一致していることが分かる。
注目される点は、双方が「拉致被害者」という言葉を使っていることである。2002年に金正日が日本人拉致を認め謝罪したとき、北朝鮮が国内向けの報道でこれをどう報じたのかについては、私は確認するすべがない。しかし今回、「拉致被害者」という言葉を使っていることからすると、少なくとも何者かによって「拉致」された「被害者」が「北朝鮮領内」にいる可能性を北朝鮮政権が対内的にも認めたことになる。少なくとも「ありもしない拉致問題」という従来の姿勢からすれば、一歩踏み込んでいることになる。
「ありもしない拉致問題」という認識が、公開された「将軍様」の「お言葉」であるのか、それとも当局者の認識であるのかもきちんと確認する必要があるが、2008年8月に従来の「拉致問題は解決済み」という主張をひっくり返して北朝鮮が再調査を決めた経緯からすると、「お言葉」ほどの重みはないのであろう(この時は、日本側の政権交代により、調査の実施には至らなかった)。
もちろん、何の断りもなく「再調査」としていまうと、北朝鮮の面目が傷つくので「従来の立場はあるが」という一文を挟むことで、それを避けている。「そんなに日本側が言うのであれば、『解決済み』ではあるが、もう一度調べてやろう」という意味合いであろう。
上のような事情もあり、北朝鮮は、「拉致被害者」という言葉を入れるのを最初は拒んだはずである。しかし、「拉致被害者」という言葉が入らなければ、安倍政権が「拉致問題解決」を宣伝するのに不都合なので、日本側が北朝鮮に強くこの言葉を入れることを求めたのであろう。
私は、今回の合意は「すべての日本人に対する調査を包括的かつ全面的に」というところ意義があると考えている。拉致被害者の一日も早い帰国が、日朝間における人道的な最重要課題であることは間違いないが、同時に日本人の遺骨収集問題も遺族にとっては非常に重要な問題である。「拉致被害者」に絞った1か0かの交渉ではなく、できるところからやっていき、それを拉致問題解決につなげていけるのであれば、今回の合意の意味は大きい。
また、合意文には北朝鮮が「最終的に日本人に関するすべての問題を解決する意思を表明した」とも書かれている。この文も非常に重要で、「全ての問題を解決する」ということは、今度こそ「解決済み」にするという意味が込められている。これは、必ずしも日本側が望むとおりの「全ての問題」の解決になるとは限らない。その線引きをどこでやるのか、これからの交渉の中で話し合われるのであろうが、たとえば遺骨のDNA鑑定をする場合でも、双方が納得できるよう第三国の研究機関、例えば今回交渉を行ったスウェーデンの研究機関で行うことにすれば、不要な摩擦を生じさせることもないであろう。
「特別調査委員会」に「特別な権限(すべての機関を対象に調査できる権限)が付与」するとしている点も注目される。とりわけ拉致については「軍部」や「諜報機関」関与しているので、日本側が要求したのであれば「特別な権限」を付与させた意義は大きい。北朝鮮は、いざとなると「軍事情報は公開しないのは国際的な慣行」と逃げる可能性は排除できないが、この「特別調査委員会」がどのように構成されるかに注目する必要がある。特に、この委員会に「元帥様」のお墨付きが付くのかどうかが重要で、もしそれが実現すれば本当に強力な権限を持った「委員会」となる。一方で、お墨付きの「委員会」が「いなかった」と発表した場合、それを否定することは未来にわたり大変困難になるという可能性もある。
また、「調査を開始する時点」をどう判断するのかも明らかにされていない。下手をすれば、「開始した、開始してない」という言い争いで、今回の合意自体が流れてしまう可能性すらある。その時に「人的往来規制措置、送金報告および携帯輸出申請金額に関連して共和国に取っている特別な規制措置、人道目的の共和国国籍船舶の日本入港禁止措置を解除」どのような順番でどのようにやっていくのか。この3つを具体的に提示していることからすれば、日朝双方はそれぞれのシナリオを準備しているはずである。
では、今回の交渉に「元帥様」はどれほど表に出てコミットするのであろうか。興味深いのは、「過去の清算」を除いた部分で、日本側が北朝鮮に提示した「日本が独自に取っている対朝鮮(制裁)措置を解除」が、北朝鮮が渇望するような内容ではないという点である。また、合意文に掲げられているような「日本独自の規制解除」がされたとしても、対内的な「元帥様」の宣伝には使えない。そう考えると、やはり総連ビルが焦点となってくる。
金正恩は5月23日に「総連第23回全体大会」に「祝賀文」を送っている。総連の第22回大会は2010年5月に開催されているが、この時、本国から送られた「祝賀文」は金正日発ではなく、「最高人民会議常任委員会」発であった。
『労働新聞』、「경애하는 김정은동지께서 재일본조선인총련합회 제23차 전체대회에 축하문을 보내시였다」、http://www.rodong.rep.kp/ko/index.php?strPageID=SF01_02_01&newsID=2014-05-24-0001&chAction=S
『朝鮮新報』、「総連 第22回全体大会行われる」、http://www1.korea-np.co.jp/sinboj/j-2010/01/1001j0523-00002.htm
5月23日の「祝賀文」は、24日付け『労働新聞』トップに大きく掲載され、「朝鮮中央TV」でも読み上げられていた。このように、「元帥様」の「在日同胞」に対する関心は宣伝されている。総連ビル競売について、北朝鮮は繰り返し非難しているが、4月5日付け『労働新聞』に掲載された個人名の論評「『法治』の看板の下、行われた強奪詐欺劇」という記事の中で「日本当局が本当に朝日関係改善を望むのであれば、朝日関係の運命を台無しにする可能性がある現事態の前にしてよく考えなければならず、不純な目的の下で行われている総連中央会館強奪策動を直ちにやめなければならない」と主張している。
『労働新聞』、「《법치》의 간판밑에 벌어진 강탈사기극」、http://www.rodong.rep.kp/ko/index.php?strPageID=SF01_02_01&newsID=2014-04-05-0033&chAction=S
日朝関係の枠組みの中だけで北朝鮮が「核・ミサイル」を放棄する可能性はない。それがないのであれば、日朝国交正常化もあり得ない。もしやるとするならば、安倍政権は小泉政権以上の覚悟を要することになるが、そんなことは考えてもいないであろう。だとすると、今回の合意を「元帥様」の功績につなげるものは、やはり総連会館の「奪還」だけであろう。日本政府は表面的には「司法には介入できない」という立場を繰り返し述べているが、司法的な処理が完了した時点で落札者と交渉する道は残されている。仮に日本政府が落札者から購入したとし、管理や支払をどのようにやっていくのかという問題は残るが、これが「元帥様」の功績になるのであれば、北朝鮮は乗ってくるであろう。
「朝日政府間会談結果と関連する報道」を読み上げるアナウンサー

Source: KCTV, 2014/05/29放送
日本政府は29日午後の内閣官房長官定例記者会見において資料配付をしながら公表している。「朝鮮中央通信」が29日のどのタイミングで本件に関する報道をしたのかは確認できていないが、少なくとも同日夜には同通信HPに日本語の翻訳文と共に掲載されていた(ただし、外国語はその時点では日本語のみ。31日朝には同通信が準備している全ての言語である英、中、西、日に翻訳されている)。
29日の「朝日政府間会談結果と関連する報道」では、会談での合意事項の大筋を伝えるだけの内容であったが、30日には「朝鮮中央通信」が「朝日政府間会談で合意した内容」として日本語の翻訳文と共に日本政府が記者会見で配付した資料とほぼ同じ内容の記事を配信した。
興味深いのは、日朝双方が発表した合意文が翻訳文を比較してもほぼ語彙レベルで一致している点である。当然といえば当然なのかもしれないが、北朝鮮との合意文作成では、双方が発表する文に違いがあるケースは少なくない。最近では、韓国との間の開城工業団地など南北関係改善のための協議の合意文、そして2012年2月29日に米国との間で締結された「2.29米朝合意」がそれに当たる。特に後者は、「ロケット発射」を巡る双方の主張に著しい差があり、結局、同年4月に北朝鮮が「銀河3-1」号朗ケットを発射したことで、この合意は流れてしまった。
そのようなことからすると、今回の日朝合意文は、恐ろしいほど一致している。英文に翻訳された文書も読んでみたが、朝鮮文(=日本文)に忠実に翻訳されている。以下、「朝鮮中央通信」が配信した「合意した内容」(同通信が配信した日本文)と『毎日新聞』に掲載された「日朝協議:合意事項の全文」を並べて掲載しておく。「首相官邸」、「外務省」など政府関連のサイトで配布された文書を探してみたが、見つけることが出来なかった。
『毎日新聞』、「日朝協議:合意事項の全文」、http://mainichi.jp/select/news/20140530k0000m010096000c2.html
C=「朝鮮中央通信」、M=『毎日新聞』
C:「 双方は、朝日平壌宣言に従って不幸な過去を清算し、懸案を解決し、国交正常化を実現するために真しな協議を行った。」
M:「双方は、日朝平壌宣言にのっとって、不幸な過去を清算し、懸案事項を解決し、国交正常化を実現するために、真摯(しんし)に協議を行った。」
C:「日本側は、共和国側に1945年を前後にして共和国領内で死亡した日本人の遺骨および墓地、残留日本人、日本人配偶者、拉致被害者および行方不明者を含むすべての日本人に対する調査を要請した。」
M:「日本側は、北朝鮮側に対し、1945年前後に北朝鮮域内で死亡した日本人の遺骨及び墓地、残留日本人、いわゆる日本人配偶者、拉致被害者及び行方不明者を含む全ての日本人に関する調査を要請した。」
C:「共和国側は、日本側がかつて拉致問題に関連して傾けてきた共和国の努力を認めたことを評価し、従来の立場はあるが、すべての日本人に対する調査を包括的かつ全面的に行って最終的に日本人に関するすべての問題を解決する意思を表明した。」
M:「北朝鮮側は、過去北朝鮮側が拉致問題に関して傾けてきた努力を日本側が認めたことを評価し、従来の立場はあるものの、全ての日本人に関する調査を包括的かつ全面的に実施し、最終的に、日本人に関する全ての問題を解決する意思を表明した。」
C:「日本側はこれに従って、最終的に現在、日本が独自に取っている対朝鮮(制裁)措置を解除する(国連安保理決議に関連して取っている措置は含まれない)意思を表明した。」
M:「日本側は、これに応じ、最終的に、現在日本が独自に取っている北朝鮮に対する措置(国連安保理決議に関連して取っている措置は含まれない)を解除する意思を表明した。」
C:「双方が取る行動措置は、次のとおり。 双方は、早い時日内に次の具体的な措置を実行に移すことにし、そのために緊密に協議していくことにした。」
M:「双方が取る行動措置は次の通りである。双方は、速やかに、以下のうち具体的な措置を実行に移すこととし、そのために緊密に協議していくこととなった。」
C:「―日本側
第一に、共和国側と共に朝日平壌宣言に従って不幸な過去を清算し、懸案を解決し、国交正常化を実現する意思を再び明らかにし、日朝間の信頼をつくり、関係改善を志向して誠実に臨むことにした。」
M:「−−日本側
第一に、北朝鮮側と共に、日朝平壌宣言にのっとって、不幸な過去を清算し、懸案事項を解決し、国交正常化を実現する意思を改めて明らかにし、日朝間の信頼を醸成し関係改善を目指すため、誠実に臨むこととした。」
C:「第二に、共和国側が包括的調査のために「特別調査委員会」を設け、調査を開始する時点で人的往来規制措置、送金報告および携帯輸出申請金額に関連して共和国に取っている特別な規制措置、人道目的の共和国国籍船舶の日本入港禁止措置を解除することにした。」
M:「第二に、北朝鮮側が包括的調査のために特別調査委員会を立ち上げ、調査を開始する時点で、人的往来の規制措置、送金報告及び携帯輸出届け出の金額に関して北朝鮮に対して講じている特別な規制措置、及び人道目的の北朝鮮籍の船舶の日本への入港禁止措置を解除することとした。」
C:「 第三に、日本人遺骨問題に対しては共和国側が遺族の墓参り訪問の実現に協力したことを高く評価し、共和国領内に放置されている日本人の遺骨および墓地の処理、墓参り訪問に関連して共和国側と引き続き協議し、必要な措置を取ることにした。」
M:「第三に、日本人の遺骨問題については、北朝鮮側が遺族の墓参の実現に協力してきたことを高く評価し、北朝鮮内に残置されている日本人の遺骨及び墓地の処理、また墓参について、北朝鮮側と引き続き協議し、必要な措置を講じることとした。」
C:「ハ キ ナ フ」(typoと思われるエラー)
C:「 第四に、共和国側が提起した過去の行方不明者に対して引き続き調査を実施し、共和国側と協議して適切な措置を講じることにした。」
M:「第四に、北朝鮮側が提起した過去の行方不明者の問題について、引き続き調査を実施し、北朝鮮側と協議しながら、適切な措置を取ることとした。」
C:「第五に、在日朝鮮人の地位に関連する問題に対しては朝日平壌宣言に従って誠実に協議していくことにした。」
M:「第五に、在日朝鮮人の地位に関する問題については、日朝平壌宣言にのっとって、誠実に協議することとした。」
C:「第六に、包括的で全面的な調査の過程に提起される問題を確認するために共和国側の提起に対して日本側の関係者との面談、関連資料の共有など、適切な措置を講じることにした。」
M:「第六に、包括的かつ全面的な調査の過程において提起される問題を確認するため、北朝鮮側の提起に対して、日本側関係者との面談や関連資料の共有等について、適切な措置を取ることとした。」
C:「 第七に、人道的見地から適切な時期に共和国への人道的支援を実施することを検討することにした。」
M:「 第七に、人道的見地から、適切な時期に、北朝鮮に対する人道支援を実施することを検討することとした。」
C:「 ―共和国側
第一に、1945年を前後にして共和国領内で死亡した日本人の遺骨および墓地と残留日本人、日本人配偶者、拉致被害者および行方不明者を含むすべての日本人に対する調査を包括的かつ全面的に実施することにした。」
M:「−−北朝鮮側
第一に、1945年前後に北朝鮮域内で死亡した日本人の遺骨及び墓地、残留日本人、いわゆる日本人配偶者、拉致被害者及び行方不明者を含む全ての日本人に関する調査を包括的かつ全面的に実施することとした。」
C:「 第二に、調査は一部的な調査だけを優先視せず、すべての分野に対して同時並行的に行うことにした。」
M:「第二に、調査は一部の調査のみを優先するのではなく、全ての分野について、同時並行的に行うこととした。」
C:「第三に、すべての対象に対する調査を具体的に真しに行うために特別な権限(すべての機関を対象に調査できる権限)が付与された「特別調査委員会」を設けることにした。」
M:「第三に、全ての対象に対する調査を具体的かつ真摯に進めるために、特別の権限(全ての機関を対象とした調査を行うことのできる権限)が付与された特別調査委員会を立ち上げることとした。」
C:「第四に、日本人遺骨および墓地、残留日本人および日本人配偶者をはじめ日本人に関連する調査および確認状況を随時日本側に通報し、その過程に発見される遺骨の処理と生存者の帰国を含む去就問題は日本側と適切に協議することにした。」
M:「第四に、日本人の遺骨及び墓地、残留日本人並びにいわゆる日本人配偶者をはじめ、日本人に関する調査及び確認の状況を日本側に随時通報し、その過程で発見された遺骨の処理と生存者の帰国を含む去就の問題について日本側と適切に協議することとした。」
C:「 第五に、拉致問題に対しては拉致被害者および行方不明者に対する調査状況を随時日本側に通報し、調査の過程に日本人生存者が発見される場合、その状況を日本側に知らせ、帰国させる方向で去就問題に関連して協議し、措置を講じることにした。」
M:「第五に、拉致問題については、拉致被害者及び行方不明者に対する調査の状況を日本側に随時通報し、調査の過程において日本人の生存者が発見される場合には、その状況を日本側に伝え、帰国させる方向で去就の問題に関して協議し、必要な措置を講じることとした。」
C:「 第六に、調査が進ちょくすることに合わせて日本側の提起に対してそれを確認できるように日本側関係者の共和国滞在、関係者との面談、関係場所の訪問を実現させ、関連資料を日本側と共有して適切な措置を講じることにした。」
M:「 第六に、調査の進捗(しんちょく)に合わせ、日本側の提起に対し、それを確認できるよう、日本側関係者による北朝鮮滞在、関係者との面談、関係場所の訪問を実現させ、関連資料を日本側と共有し、適切な措置を取ることとした。」
C:「 第七に、調査は迅速に行い、その他の調査の過程に提起される問題はいろいろな形式と方法で引き続き協議し、適切な措置を講じることにした。」
M:「第七に、調査は迅速に進め、その他、調査過程で提起される問題はさまざまな形式と方法によって引き続き協議し、適切な措置を講じることとした。」
このように、翻訳上の違いは若干あるものの、内容においては完全に一致していることが分かる。
注目される点は、双方が「拉致被害者」という言葉を使っていることである。2002年に金正日が日本人拉致を認め謝罪したとき、北朝鮮が国内向けの報道でこれをどう報じたのかについては、私は確認するすべがない。しかし今回、「拉致被害者」という言葉を使っていることからすると、少なくとも何者かによって「拉致」された「被害者」が「北朝鮮領内」にいる可能性を北朝鮮政権が対内的にも認めたことになる。少なくとも「ありもしない拉致問題」という従来の姿勢からすれば、一歩踏み込んでいることになる。
「ありもしない拉致問題」という認識が、公開された「将軍様」の「お言葉」であるのか、それとも当局者の認識であるのかもきちんと確認する必要があるが、2008年8月に従来の「拉致問題は解決済み」という主張をひっくり返して北朝鮮が再調査を決めた経緯からすると、「お言葉」ほどの重みはないのであろう(この時は、日本側の政権交代により、調査の実施には至らなかった)。
もちろん、何の断りもなく「再調査」としていまうと、北朝鮮の面目が傷つくので「従来の立場はあるが」という一文を挟むことで、それを避けている。「そんなに日本側が言うのであれば、『解決済み』ではあるが、もう一度調べてやろう」という意味合いであろう。
上のような事情もあり、北朝鮮は、「拉致被害者」という言葉を入れるのを最初は拒んだはずである。しかし、「拉致被害者」という言葉が入らなければ、安倍政権が「拉致問題解決」を宣伝するのに不都合なので、日本側が北朝鮮に強くこの言葉を入れることを求めたのであろう。
私は、今回の合意は「すべての日本人に対する調査を包括的かつ全面的に」というところ意義があると考えている。拉致被害者の一日も早い帰国が、日朝間における人道的な最重要課題であることは間違いないが、同時に日本人の遺骨収集問題も遺族にとっては非常に重要な問題である。「拉致被害者」に絞った1か0かの交渉ではなく、できるところからやっていき、それを拉致問題解決につなげていけるのであれば、今回の合意の意味は大きい。
また、合意文には北朝鮮が「最終的に日本人に関するすべての問題を解決する意思を表明した」とも書かれている。この文も非常に重要で、「全ての問題を解決する」ということは、今度こそ「解決済み」にするという意味が込められている。これは、必ずしも日本側が望むとおりの「全ての問題」の解決になるとは限らない。その線引きをどこでやるのか、これからの交渉の中で話し合われるのであろうが、たとえば遺骨のDNA鑑定をする場合でも、双方が納得できるよう第三国の研究機関、例えば今回交渉を行ったスウェーデンの研究機関で行うことにすれば、不要な摩擦を生じさせることもないであろう。
「特別調査委員会」に「特別な権限(すべての機関を対象に調査できる権限)が付与」するとしている点も注目される。とりわけ拉致については「軍部」や「諜報機関」関与しているので、日本側が要求したのであれば「特別な権限」を付与させた意義は大きい。北朝鮮は、いざとなると「軍事情報は公開しないのは国際的な慣行」と逃げる可能性は排除できないが、この「特別調査委員会」がどのように構成されるかに注目する必要がある。特に、この委員会に「元帥様」のお墨付きが付くのかどうかが重要で、もしそれが実現すれば本当に強力な権限を持った「委員会」となる。一方で、お墨付きの「委員会」が「いなかった」と発表した場合、それを否定することは未来にわたり大変困難になるという可能性もある。
また、「調査を開始する時点」をどう判断するのかも明らかにされていない。下手をすれば、「開始した、開始してない」という言い争いで、今回の合意自体が流れてしまう可能性すらある。その時に「人的往来規制措置、送金報告および携帯輸出申請金額に関連して共和国に取っている特別な規制措置、人道目的の共和国国籍船舶の日本入港禁止措置を解除」どのような順番でどのようにやっていくのか。この3つを具体的に提示していることからすれば、日朝双方はそれぞれのシナリオを準備しているはずである。
では、今回の交渉に「元帥様」はどれほど表に出てコミットするのであろうか。興味深いのは、「過去の清算」を除いた部分で、日本側が北朝鮮に提示した「日本が独自に取っている対朝鮮(制裁)措置を解除」が、北朝鮮が渇望するような内容ではないという点である。また、合意文に掲げられているような「日本独自の規制解除」がされたとしても、対内的な「元帥様」の宣伝には使えない。そう考えると、やはり総連ビルが焦点となってくる。
金正恩は5月23日に「総連第23回全体大会」に「祝賀文」を送っている。総連の第22回大会は2010年5月に開催されているが、この時、本国から送られた「祝賀文」は金正日発ではなく、「最高人民会議常任委員会」発であった。
『労働新聞』、「경애하는 김정은동지께서 재일본조선인총련합회 제23차 전체대회에 축하문을 보내시였다」、http://www.rodong.rep.kp/ko/index.php?strPageID=SF01_02_01&newsID=2014-05-24-0001&chAction=S
『朝鮮新報』、「総連 第22回全体大会行われる」、http://www1.korea-np.co.jp/sinboj/j-2010/01/1001j0523-00002.htm
5月23日の「祝賀文」は、24日付け『労働新聞』トップに大きく掲載され、「朝鮮中央TV」でも読み上げられていた。このように、「元帥様」の「在日同胞」に対する関心は宣伝されている。総連ビル競売について、北朝鮮は繰り返し非難しているが、4月5日付け『労働新聞』に掲載された個人名の論評「『法治』の看板の下、行われた強奪詐欺劇」という記事の中で「日本当局が本当に朝日関係改善を望むのであれば、朝日関係の運命を台無しにする可能性がある現事態の前にしてよく考えなければならず、不純な目的の下で行われている総連中央会館強奪策動を直ちにやめなければならない」と主張している。
『労働新聞』、「《법치》의 간판밑에 벌어진 강탈사기극」、http://www.rodong.rep.kp/ko/index.php?strPageID=SF01_02_01&newsID=2014-04-05-0033&chAction=S
日朝関係の枠組みの中だけで北朝鮮が「核・ミサイル」を放棄する可能性はない。それがないのであれば、日朝国交正常化もあり得ない。もしやるとするならば、安倍政権は小泉政権以上の覚悟を要することになるが、そんなことは考えてもいないであろう。だとすると、今回の合意を「元帥様」の功績につなげるものは、やはり総連会館の「奪還」だけであろう。日本政府は表面的には「司法には介入できない」という立場を繰り返し述べているが、司法的な処理が完了した時点で落札者と交渉する道は残されている。仮に日本政府が落札者から購入したとし、管理や支払をどのようにやっていくのかという問題は残るが、これが「元帥様」の功績になるのであれば、北朝鮮は乗ってくるであろう。