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    短編小説「火の約束」3:花火にまつわる金日成の追憶 (2014年10月2日 「uriminzokkiri」)

    (第3部)
    雑誌『青年文学』2014年第1号収録
    短編小説「火の約束」 作:金イルス

    火の約束
    Source: uriminzokkiri, http://www.uriminzokkiri.com/index.php?ptype=gisa5&no=87073

     突然、人の気配を感じられた金正恩同志は、顔を上げられた。いつの間に戻ってこられたのか、偉大な将軍様が後にいらっしゃった。
     「邪魔しないようにそのまま行こうとしたのだが・・・」
     将軍様は、立ち上がろうとする金正恩同志を止めながら、横の椅子に腰掛けられた。
     「夜も更けているのに、何をしてるんだ?」
     「祝砲発射プログラムをもう組み直しているところです。」
    金正恩同志は、新しい祝砲の開発状況と最大の懸案となっている制御プログラムについて具体的に話された。
     「すると、制御プログラムを大将が直接組むということだな。新しいものを創造しようとする、その気迫はよいことだ。僕も前から新しい祝砲を我々の人民に見せてやろうと思っていたのだが、僕の気持ちを大将が分かってくれたんだな。本当にありがたい。」
     誇らしげな眼差しで金正恩同志を見詰めておられた将軍様が「火!」と低い声で独り言のようにつぶやかれた。胸の深いところに埋もれていた痛みと苦悩が一緒ににじみ出ているような震えた声であった。将軍様の目には追憶の光が輝いていた。
     「火の貴重さを最も痛切に感じたのは、苦難の行軍の時だった。実際、僕は前方視察を終え、灯の消えた平壌の通りにさしかかる時、最も胸が痛かった。『一筋の明るい光でも与えることができるなら』という詩があるだろ。その詩の一節がまさにその時の僕の感情だった。だから、僕の体を燃やしてでも、人民に明るい光を与えようと決心したんだ。・・・」
     金正恩同志は、喉元がきつく締め付けられるのを感じた。将軍様が行軍の先頭に立っておられた日々が涙とともに蘇り、人知れず重病を患っておられながらも、自分よりも祖国と人民をまず考えられる将軍様のお姿が痛みと共に目を突き刺した。
     「将軍様、これからは私が将軍様のその重荷を担ぎますから、1日だけでもゆっくりとお休み下さい。痛切なお願いです。」
     偉大な将軍様は、粛然とした感情を抱いておられる金正恩同志の両手を恩情深く握られた。
     「ついに僕が望んでいた日がやってきた。新しい祝砲発射は、我々がこの地の上にいかにして強盛大国を打ち立てるかという朝鮮の決心と意志を実際に示すことになるだろう。僕は大将を信じている。全世界に朝鮮の未来を実際に見せてやってくれ。」
     「将軍様、分かりました。将軍様の信念であり、我々人民の願いである強盛大国を打ち立てる道に私の全てを捧げます。」
     将軍様が部屋を出て行かれた後も、金正恩同志は、心の中で空高く打ち上げられる花火を長い間止めることができなかった。走り出したかった。心地よい夜の空気を吸い、やってくる朝鮮の未来に向かって走って行きたかった。
     金正恩同志は、祝砲発射準備状況の報告のためにちょうどやって来たシンヒョクジンと共に外に出られた。
     車に乗られた金正恩同志は、直接ハンドルを握りアクセルを思い切り踏み込まれた。
     金正恩同志のお気持ちを察するかのように、車は首都の夜道を軽快に走った。
     市内中心部と忠誠橋を過ぎ、統一通りの入り口に至った。なぜここに来たのかご自身もお分かりではなかった。車に乗られた時から、何かが金正恩同志をここへと導いたのであった。月の光を反射して輝く川の水をご覧になって、やっとご自身がなぜここに来て、何がご自身をここへと導いたのか気付かれた。
     金正恩同志は、川縁に車を止め、ヒョンジンと一緒に川岸を歩かれた。
     流れる川の水音に大同江の語りかけを聞かれているように、無言で歩いておられた金正恩同志は、ヒョンジンに静かに尋ねられた。
     「ヒョンジンドンム、お父さんも砲兵でしたよね?!」
     意外な問いかけにヒョンジンは目を丸くするばかりで、答えは全然出てこなかった。
     金正恩同志は、彼の答えを待つことなく、独り言のように静かに言われた。
     「我々は、見ることができなかったが、この大同江はその日の光景を全て見たと思うんだ。戦勝のその夜、ここに来られた首領様のお姿も見て・・・ヒョンジンドンムのお父さんが打ち上げた祝砲も見て・・・」
     金正恩同志は、物思いにふけるような眼差しでヒョンジンを見詰められた。
     「きっと、首領様が立っておられた場所がこの辺だと思います。ヒョンジンドンムも首領様が戦勝広場の主席壇から戻られる途中、江南窯業工場に立ち寄られたという事実については知っていると思います。しかし、その日の夜にあったことについては知らないのではないでしょうか。・・・」
     その日は、7月28日。
     江南窯業工場を訪ねられた首領様は、夜遅くになって平壌に向かわれた。
     「9時までに平壌に戻らなければならないのだが・・・もう少しスピードを出してくれ。」
     首領様は、何回も腕時計に目をやりながら、繰り返し催促された。車の中では、まるで9時に向かって時を刻むような秒針の音が聞こえた。
     「大同江が見えます。」
     窓から半身を乗りだしていた副官の金オクピルが大声で叫んだ。その声に引き付けられるように、静かに流れる大同江の水面がぼんやりと視野に入り、川岸で夜釣りをする何人かの姿が見えた。
     首領様はちらっと時計をご覧になり、おっしゃった。
     「時間になったな。ここで降りて見ていきましょう。」
     「ここ・・・ですか?!」
     オクピルが驚いたように尋ねた。
     「そうだ。9時になったぞ。」
     その瞬間、突然、空にきらきらと輝く光が走った。続けて、ドーン、ドーンという低い花火の音が響き渡り、車体がぐらぐらと揺すられる中、鮮やかな色に飛び散る幻想的な光が車窓を覆った。
     「祝砲だ、祝砲!首領様、祝砲です!」
     オクピルが慌てふためいて甲高い声を上げた。
     ついにその時刻になったのだ。サインしておいた最高司令官命令どおりに、祖国解放戦争の歴史的な勝利を記念する祝砲を打ち上げているのである。
     百数十発の祝砲が一斉に砲門を開くと、天と地がひっくり返るようかのような激烈な振動があった。
     市中心部の大同江岸に眩しい花火の嵐が連続して打ち上げられていた。空がグルリと回るような感覚!瞬間、鋼鉄の心臓をもたれた首領様も心に安らぎを感じられた。
     戦争の3年間、どれほど多くの爆音を聞かれたことだろうか。しかし、そうした如何なる爆音も揺るがすことができなかった偉大心臓に突き刺さる異種の衝撃に耐えることができないように、車内で煮えたぎる激情に驚かれるように、首領様はすっと体を起こされた。
     いつ車が止まり、副官や運転手が駆け下りたのか分からなかった。後ろの車から降りた幹部と随行員たちも全て自己を忘れたように慌てて川岸へ降りていった。
     彼らの後から首領様も川の堤へ向かわれた。足下に何が落ちているのかも分からなかった。梅雨が残していった水たまりであろうが、ボウボウと茂った草であろうが、ゴロゴロとした石ころであろうが、関係ない。皆、表現しようのない熱い波動にただただ全身を押されていると感じていた。
     首領様は、祝砲を打ち上げの命令書にサインされた時も、今日のこの行事の光景を想像されはしたが、その時とは異なる興奮と喚起が首領様の渾身から湧き出ていた。
     「万歳!万歳!」
     勝利の気迫と共に打ち上がる花火に向かって叫ぶ声が響き渡っていた。
     「花火だ、花火!」
     川岸で魚を捕っていた人々も子供たちも次々と歓声を上げた。
     「そうだそうだ、花火だ・・・」
     首領様は、まだ祝砲という言葉を聞いたことも見たこともない子供たちの素朴な声を小声で繰り返された。
     今まで、一つの火の光も見ることができなかった平壌が、胸を開いて打ち上げられる祝砲を見ながら、人々は何を考えているのだろうか。敵共の砲撃で防空壕の灯火だけではなく、タバコの火まで覆い隠さなければならなかった日々の壮絶な追憶、無数の苦痛に満ちた夜と永遠に決別し、明るい明日を声高らかに呼ぶ喚起・・・
     川岸に立たれ、平壌の夜空を飾る戦勝の祝砲を見詰めておられた首領様は、ちらりと視線を移した。祝砲の火の光がパラパラと降り注ぐ中、光と暗闇がはっきりとしたコントラストをなす平壌の夜景が首領様の胸を鋭くえぐった。
     花火の光が反射し明暗を繰り返す大同江の対岸は平川埠頭周辺なのだが、目に入るのは砲撃で片側が崩落してしまった大同橋だけで、破壊されていない一軒の家も、光一つも見えなかった。花火の光が輝いた瞬間、水墨画のようにはっきりと見える全ての光景が、首領様の胸に突き刺すような鋭い痛みを感じさせた。
     重い思索にふけり、川の土手の上を何歩か歩まれた首領様がすっと顔を上げられ、暗闇の中でも悠然と火の流れを抱き、滔滔と流れる大同江の水を眺められた。
     大同江よ、お前の流れの上に今、廃墟から立ち上がる朝鮮の新しい歌を、明日に対する夢と希望を浮かべてくれ。あの祝砲のように類い希な、皆が喜び万歳を叫ぶ社会主義楽園の幸福の円舞曲をお前にやろう!・・・
     「これは、その夜、首領様が大同江と共に人民と分け合った心の対話であり、祖国の未来への誓いでした。その時、首領様は空に輝く祝砲の火をこの地に全て降り注がせ、世界が羨むように我が祖国を百倍、千倍と建設する決心をされたとお話になりました。・・・」
     首領様のそのお言葉が耳元で聞こえたように、金正恩同志は厳かに大同江の向こうの空を眺めておられた。
     金正恩同志の話を聞いているヒョンジンの胸の中では、爽快なこだまのようなものが広がっていた。
     よく聞け、大同江よ!金正恩同志は、戦勝の祝砲に刻み込まれた意味深い事実を追憶として抱いておられるだけではない。そして、単なる思いつきでここに来られたのでもない。
     ヒョンジンには、金正恩同志が心中で叫んでいる声がはっきりと聞こえるようであった。
     「首領様!僕は必ず朝鮮の祝砲を打ち上げます。首領様が願い、将軍様が願っておられる朝鮮の祝砲をあの空で輝かせます。朝鮮が強盛大国をどのように建設するのか、この金正恩が世界にはっきりと見せてやります。」
     ヒョンジンは、暗闇の中で悠々と流れる大同江を感情を込めて眺めた。大同江よ、今日を忘れるな!

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    プロフィール

    川口智彦

    Author:川口智彦
    「크는 아바이(成長するオッサン)」

    ブログの基本用語:
    「元帥様」=金正恩朝鮮労働党委員長(上の絵の人物)、2016年12月20日から「最高領導者同志」とも呼ばれる
    2021年1月11日から「総秘書同志」
    「首領様」=金日成主席
    「将軍様」=金正日総書記
    「政治局員候補」=金ヨジョン(「元帥様」の妹)、2018年2月11日から「第1副部長同志」とも
    「白頭の血統」=金一族
    「大元帥様達」=「首領様」と「将軍様」
    「女史」=李雪主夫人(2018.07.26より「同志」に)

    우 그림은 충정 담아 아이가 그린 경애하는 김정은원수님이십니다.


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