「<朝鮮記録映画>人民のための領導の日々(2)」:金正恩、「1月8日と命名」 (2014年9月25日 「朝鮮中央TV」)
この「朝鮮記録映画」については、既に記事にしたが、冒頭部分で興味深いナレーションがあった。関連過去記事に既に書いた気もするが、念のために記録しておく。
金正恩は、朝鮮人民軍第534部隊に水産物加工工場建設を指示し、工場建設に際して現地指導を行った。その様子を伝えるナレーションは次のように述べている。
「(元帥様は)本当の父親のような情を込め、水産事業所の名前まで付けてくださりました。私たちの元帥様は、1月8日という名称を付けてくださるのは、ここが初めてでした。世の中であったこともないような愛の命名を受け、人民部隊の強力な建設部隊が駆けつけてきました」
羅先シリーズに書いたように、北朝鮮ガイドは1月8日を「何かある日と理解している」と非常に微妙な表現で話していたが、この「朝鮮記録映画」のナレーションも「1月8日という名称を付けてくださるのは、ここが初めて」、「愛の命名」などと微妙な表現で「1月8日」を扱っている。
過去記事にも書いたとおり、「1月8日」を金正恩の誕生日とするためには、どうしても「お母さん」問題を解決しなければならないわけだが、一歩ずつそれに向けて動いているのであろう。なお、「お母さん」については、『青年文学』に掲載された「火の約束」の全訳を紹介しようと思っている(とはいえ、「お母さん」の話はわずか数行であるが・・・)。
この「朝鮮記録映画」では、終わりの方の「元帥様は体が不自由なのにもかかわらず」に関心が集中してしまったが、冒頭でも興味深いナレーションがあったということに後で気付いた。実は、新しい試み(というほどでもないのだが)、運転中に「朝鮮中央TV」の録音を音だけで聞くことにした。普段は日本のFM放送を聞いていたのだが、画像を見ずに音だけで聞いていると新しい発見がある。
「1月8日工場」と命名する金正恩

Source: KCTV, 2014.09.25放送
この記事の「1月8日」云々も音だけを聞いていて気付いたのだが、「朝鮮芸術映画」も音だけ聞いているとなかなか面白い。昨日は「リンゴを収穫するとき」という「朝鮮芸術映画」の音を聞いていたのだが、農場員の女性が作業班長に「アンニョンハセヨ」というアクセントがおもしろかった。韓国では「アンニョンハセヨ」は自国を問わない日常的な挨拶として使われており、本来の意味である「安寧(元気)かどうか」ということを問う意味合いは薄れているが、この農場員の女性の「アンニョンハセヨ」は、「ヨ」の部分のイントネーションが上がっており、本来の「安寧(元気)ですか?」という意味合いで使われているように感じた。というのも、北朝鮮では挨拶として使われる場合は「ヨ」で終わるフォームではなく「ニカ」で終わるフォームが一般的に使われており(もちろん、短い北朝鮮旅行経験と「朝鮮中央TV」の視聴による観察であるが)、「ヨ」で終わるとこんな感じになるのだなと思いながら聞いていた。恐らく、映像を見ていたらこんな細かなイントネーションの違いなどは、気付かなかったのだろうが、音だけで聞いていると色々と分かってくる。
また、「リンゴを収穫するとき」に関して言えば、映像を見ることなく映画のストーリーをフォローできる構成になっていることも分かった。日本で放送されるドラマなどは、視覚障害者のために出演者の動きなどを伝える副音声を流していることがあるが、この映画については副音声がなくても進行がよく分かるように出来ていた。視覚障害者を意識してそのように作ったわけではないだろうが、やはり「思想教養」という側面も重視している「朝鮮芸術映画」は「分かりやすさ」を重視しているのではないだろうかとも思いながら聞いていた。
金正恩は、朝鮮人民軍第534部隊に水産物加工工場建設を指示し、工場建設に際して現地指導を行った。その様子を伝えるナレーションは次のように述べている。
「(元帥様は)本当の父親のような情を込め、水産事業所の名前まで付けてくださりました。私たちの元帥様は、1月8日という名称を付けてくださるのは、ここが初めてでした。世の中であったこともないような愛の命名を受け、人民部隊の強力な建設部隊が駆けつけてきました」
羅先シリーズに書いたように、北朝鮮ガイドは1月8日を「何かある日と理解している」と非常に微妙な表現で話していたが、この「朝鮮記録映画」のナレーションも「1月8日という名称を付けてくださるのは、ここが初めて」、「愛の命名」などと微妙な表現で「1月8日」を扱っている。
過去記事にも書いたとおり、「1月8日」を金正恩の誕生日とするためには、どうしても「お母さん」問題を解決しなければならないわけだが、一歩ずつそれに向けて動いているのであろう。なお、「お母さん」については、『青年文学』に掲載された「火の約束」の全訳を紹介しようと思っている(とはいえ、「お母さん」の話はわずか数行であるが・・・)。
この「朝鮮記録映画」では、終わりの方の「元帥様は体が不自由なのにもかかわらず」に関心が集中してしまったが、冒頭でも興味深いナレーションがあったということに後で気付いた。実は、新しい試み(というほどでもないのだが)、運転中に「朝鮮中央TV」の録音を音だけで聞くことにした。普段は日本のFM放送を聞いていたのだが、画像を見ずに音だけで聞いていると新しい発見がある。
「1月8日工場」と命名する金正恩

Source: KCTV, 2014.09.25放送
この記事の「1月8日」云々も音だけを聞いていて気付いたのだが、「朝鮮芸術映画」も音だけ聞いているとなかなか面白い。昨日は「リンゴを収穫するとき」という「朝鮮芸術映画」の音を聞いていたのだが、農場員の女性が作業班長に「アンニョンハセヨ」というアクセントがおもしろかった。韓国では「アンニョンハセヨ」は自国を問わない日常的な挨拶として使われており、本来の意味である「安寧(元気)かどうか」ということを問う意味合いは薄れているが、この農場員の女性の「アンニョンハセヨ」は、「ヨ」の部分のイントネーションが上がっており、本来の「安寧(元気)ですか?」という意味合いで使われているように感じた。というのも、北朝鮮では挨拶として使われる場合は「ヨ」で終わるフォームではなく「ニカ」で終わるフォームが一般的に使われており(もちろん、短い北朝鮮旅行経験と「朝鮮中央TV」の視聴による観察であるが)、「ヨ」で終わるとこんな感じになるのだなと思いながら聞いていた。恐らく、映像を見ていたらこんな細かなイントネーションの違いなどは、気付かなかったのだろうが、音だけで聞いていると色々と分かってくる。
また、「リンゴを収穫するとき」に関して言えば、映像を見ることなく映画のストーリーをフォローできる構成になっていることも分かった。日本で放送されるドラマなどは、視覚障害者のために出演者の動きなどを伝える副音声を流していることがあるが、この映画については副音声がなくても進行がよく分かるように出来ていた。視覚障害者を意識してそのように作ったわけではないだろうが、やはり「思想教養」という側面も重視している「朝鮮芸術映画」は「分かりやすさ」を重視しているのではないだろうかとも思いながら聞いていた。