平壌への空の道、高麗航空JS-152 (2019年9月9日)
共和国創建71周年を迎える「意義深い」9月9日、高麗航空JS-152で平壌へと向かった。2010年に平壌を訪れた際には、往路は丹東から鉄路で、帰路は平壌から瀋陽まで高麗航空でというコースだったので、北京から平壌へのフライトは今回が初めてになる。
まずは、朝鮮に入国するためのビザが必要になるのだが、旅行社が事前に手配してくれたので、北京空港内の待ち合わせ場所で受け取った。待ち合わせ場所には、オジサンがいて、パスポートで本人確認をした上でビザを手渡してくれた。その後、チェックインの案内をしてくれるわけでもなく、このオジサンは立ち去ってしまう。まあ、そもそもそういうことになっているのだが。
「朝鮮民主主義人民共和国観光証」

高麗航空のチェックインカウンターに向かうと、既に朝鮮の雰囲気が漂っている。数人の朝鮮人民がチェックインをしており、カウンター内にいる女性はバッジを着けた朝鮮人民だった。私は暇そうにしていた中国人民の女性のカウンターに振り分けられ、チェックインを済ませた。北京空港はカウンターで英語が通じるので安心できる。
搭乗口にはたくさんの朝鮮人民がいた。

9月9日、JS-152離陸直後の機内アナウンス。PAの音声レベルが低く、聞き取れない部分が多いが、一部に日本語字幕付き。
機内には西洋人、中国人、朝鮮人、そして数人の日本人がおり、飛行機の後ろ半分は全て空席だった。機内食は、サンドイッチが出たが、中国で積み込まれたものなのか、朝鮮から持って来たものなのかは不明。少し固かったが、味はごく普通だった。また、機内では9日付の『労働新聞』が配られた。後から知ることになるのだが、この『労働新聞』が訪朝期間中に読める最初で最後の『労働新聞』となった。
シートなどから機体の古さは感じたが、普段乗っている他社の飛行機の乗り心地と大差はなかった。また、離陸も着陸もスムーズだった。機長によるアナウンスはなかった。フライトは順調で、予定よりもかなり早く平壌に到着した。
朝中国境では、「これから我が国領空に入ります」というようなアナウンスがあった。天気が良く地上はよく見えたので見ていると、このアナウンスがあり鴨緑江を越えるところから道路や家の様子が一変する。

Source: flightrader24

Source: flightrader24
「平壌国際飛行場」では、「元帥様」の「指導」で作られたボーディング・ブリッジを通った。これも他の空港にあるボーディング・ブリッジと大差はなかった。
その後、入管、税関の順に通過する。今回まず驚いたことは、入管職員のレベルがとても向上していたことだ。2010年には実につっけんどんな感じの対応だったが、今回は理解するに十分な英語も話し、表情もにこやかだった。これも「元帥様」の「指導」によるところなのだろうか。税関職員は、荷物をX線検査機に通すだけで、鞄を開けてのチェックはなかった。2010年の平壌(新義州駅)、2014年の羅先とは大分違う。税関申告書には、正直にカメラ、Iパッド、スマホなどを記入したが、チェックされたのはスマホだけだった。私のスマホはUniherz Atomなので形状がかなり特殊なために興味本位で調べられたようだ。税関職員が電源を入れてみろというので電源を入れ画面が出ると、税関職員は「おー」と言いながらニコニコしていた。税関職員は今一つ英語が苦手なようだったので朝鮮語で話をしたが、税関申告書に「主体108」と書いておいたのも印象を良くすることに繋がったのかもしれない。
今思えば、税関申告書にUSBを記入するのを忘れていた。このUSBには、北京で行われた会議で発表した朝米関係に関するパワポ・ファイルなどが入っていたのだが、朝鮮に向かう前にフォーマットしてクリーンにしておいた。昨日も「低勇気」の知り合いが「AVウラ販売がバレた金正恩『拷問部隊』の絶体絶命」なる記事を書いていたが、「ステルスUSB」など使わなくても、いくらでもUSBなど、朝鮮に持ち込むことができる。それに、私がフォーマットしたUSBですら、市販のソフトを使えば低階層に残っているデータを読み出すことが可能である。
朝鮮の案内員との話の中で、日本でデタラメな情報を流布している人がいるという話になり、低勇気のフィクション短編『延吉・柳京ホテルの地下』の話をしたら、大笑いしていた。
話がそれたが、無事、平壌空港に着いたのだが、案内人がいない。
まずは、朝鮮に入国するためのビザが必要になるのだが、旅行社が事前に手配してくれたので、北京空港内の待ち合わせ場所で受け取った。待ち合わせ場所には、オジサンがいて、パスポートで本人確認をした上でビザを手渡してくれた。その後、チェックインの案内をしてくれるわけでもなく、このオジサンは立ち去ってしまう。まあ、そもそもそういうことになっているのだが。
「朝鮮民主主義人民共和国観光証」

高麗航空のチェックインカウンターに向かうと、既に朝鮮の雰囲気が漂っている。数人の朝鮮人民がチェックインをしており、カウンター内にいる女性はバッジを着けた朝鮮人民だった。私は暇そうにしていた中国人民の女性のカウンターに振り分けられ、チェックインを済ませた。北京空港はカウンターで英語が通じるので安心できる。
搭乗口にはたくさんの朝鮮人民がいた。

9月9日、JS-152離陸直後の機内アナウンス。PAの音声レベルが低く、聞き取れない部分が多いが、一部に日本語字幕付き。
機内には西洋人、中国人、朝鮮人、そして数人の日本人がおり、飛行機の後ろ半分は全て空席だった。機内食は、サンドイッチが出たが、中国で積み込まれたものなのか、朝鮮から持って来たものなのかは不明。少し固かったが、味はごく普通だった。また、機内では9日付の『労働新聞』が配られた。後から知ることになるのだが、この『労働新聞』が訪朝期間中に読める最初で最後の『労働新聞』となった。
シートなどから機体の古さは感じたが、普段乗っている他社の飛行機の乗り心地と大差はなかった。また、離陸も着陸もスムーズだった。機長によるアナウンスはなかった。フライトは順調で、予定よりもかなり早く平壌に到着した。
朝中国境では、「これから我が国領空に入ります」というようなアナウンスがあった。天気が良く地上はよく見えたので見ていると、このアナウンスがあり鴨緑江を越えるところから道路や家の様子が一変する。

Source: flightrader24

Source: flightrader24
「平壌国際飛行場」では、「元帥様」の「指導」で作られたボーディング・ブリッジを通った。これも他の空港にあるボーディング・ブリッジと大差はなかった。
その後、入管、税関の順に通過する。今回まず驚いたことは、入管職員のレベルがとても向上していたことだ。2010年には実につっけんどんな感じの対応だったが、今回は理解するに十分な英語も話し、表情もにこやかだった。これも「元帥様」の「指導」によるところなのだろうか。税関職員は、荷物をX線検査機に通すだけで、鞄を開けてのチェックはなかった。2010年の平壌(新義州駅)、2014年の羅先とは大分違う。税関申告書には、正直にカメラ、Iパッド、スマホなどを記入したが、チェックされたのはスマホだけだった。私のスマホはUniherz Atomなので形状がかなり特殊なために興味本位で調べられたようだ。税関職員が電源を入れてみろというので電源を入れ画面が出ると、税関職員は「おー」と言いながらニコニコしていた。税関職員は今一つ英語が苦手なようだったので朝鮮語で話をしたが、税関申告書に「主体108」と書いておいたのも印象を良くすることに繋がったのかもしれない。
今思えば、税関申告書にUSBを記入するのを忘れていた。このUSBには、北京で行われた会議で発表した朝米関係に関するパワポ・ファイルなどが入っていたのだが、朝鮮に向かう前にフォーマットしてクリーンにしておいた。昨日も「低勇気」の知り合いが「AVウラ販売がバレた金正恩『拷問部隊』の絶体絶命」なる記事を書いていたが、「ステルスUSB」など使わなくても、いくらでもUSBなど、朝鮮に持ち込むことができる。それに、私がフォーマットしたUSBですら、市販のソフトを使えば低階層に残っているデータを読み出すことが可能である。
朝鮮の案内員との話の中で、日本でデタラメな情報を流布している人がいるという話になり、低勇気のフィクション短編『延吉・柳京ホテルの地下』の話をしたら、大笑いしていた。
話がそれたが、無事、平壌空港に着いたのだが、案内人がいない。
