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    瀋陽:朝鮮食堂 (2019年3月31日)

    瀋陽では、旧七宝山ホテルに宿泊した。以前、来たときは、まだ北朝鮮が運営する七宝山ホテルで、チェックインは朝鮮語で全てでき、部屋には朝鮮中央テレビが見られるテレビがあった。

    1.旧妙香山ホテルと高麗航空瀋陽支店
    七宝山ホテルは中国資本に買収され、中富国際酒店と名称が変わり、ロビーや客室が改装されている。朝鮮人従業員はもちろんのこと、フロントには朝鮮語が分かる中国人さえいない。ホテルとしては改装直後ということもあり、大変清潔で設備も良い。また、中国のホテルとしては珍しく、私の部屋は禁煙室になっており、嫌なたばこの臭いもない。約300元、地下鉄1号線南市場駅に隣接しているなど、立地からするとかなりリーゾナブルなホテルだと思う。ちなみに、地下鉄駅の周辺案内地図には「七宝山飯店」と旧ホテル名のまま書かれていた。

    かつて、2階にあった朝鮮食堂はなくなっているものの、フロント前の高麗航空オフィスはそのまま運営している。時刻表をくれと頼んだら、ラックに入れてあるものを自由に持って行けとのことだった。また、朝鮮国際観光旅行社のオフィスについて質問したら、5階にあるということだったので行ってみたが、特段看板はなかった。ホテル従業員に尋ねたところ、ある部屋番号を教えてくれたのでノックしてみたが、誰もいないようであった。平日の5時前だったので営業時間内だったはずなのだが、もしかすると、撤退したのかもしれない。

    2.モラン館のカラオケルーム
    瀋陽の朝鮮食堂は、西塔街に集中している。西塔街は、ちょうど上海のモランボン音楽食堂がある通りにように、コリアンタウンとなっており、韓国・朝鮮料理の店屋がたくさんある。瀋陽の朝鮮食堂も事前に確認しておいたので、見つけるのは容易だった。西塔街に面している店を3軒、裏通りの店を2軒確認したが、全て営業中だった。一番派手にやっているのは平壌館で、モランボン楽団などの楽曲を店頭で流しながら客寄せをしている。その正面には平壌ムジゲ食堂があり、平壌館前の通りを少し北進するとモラン館がある。裏通りには、ルンラ島食堂と平壌妙香山食堂がそれぞれある。

    モラン館:モラン館を偵察するために、手始めに喫茶店でコーヒーを注文することにした。思えば、朝鮮食堂でコーヒーを飲むのは初めてだし、私の知る限りでは、喫茶店でコーヒーを提供しているのは延吉の柳京ホテル1階とここだけである。以前、北京に喫茶専門の北朝鮮食堂があったようだが、何年か前に探査に行った時点で閉店していた。

    モラン館では、「アメリカンコーヒー」を注文してみた。サイフォンが置かれていたので、それで入れてくれることに期待をしたが、残念ながらおなじみのインスタントコーヒーだった。同行者は、バナナ・ミルクを注文したのだが、なんと熱い牛乳のバナナミルクだった。コーヒーを飲みつつ、接待員と話をし、公演はあるのか、カラオケはできるのかなどを確認した。すると、公演は7時からあり、カラオケも可能とのこと、丹東での轍を踏む可能性はあったが、一応、周囲を探査する必要があったので、一度、戦略的撤退をして、30分後に戻ってきた。

    戻ってくると、すんなりとカラオケルームに案内された。ただ、7時からの公演も見たかったのでそれを言うと、公演が始まったら呼びに来るとのこと。しばらく、接待員と話をしながらビールを飲んで待っていた。接待員は、忙しかったのか、出たり入ったりしていた。

    結局、公演は7時15群頃から始まった。朝鮮の伝統楽器を使った生演奏が1曲だけあり、あとはカラオケに乗せて歌っていた。中国人一家のおじいさんの誕生パーティー向けの公演だったようで、新しい楽曲は皆無、1曲目で金日成時代の古い歌を歌っただけだった。残りは全て中国曲で、おじいさんのために中国語で「ハッピー・バースデー」を歌っていた。革命歌謡も皆無の状況で、革命家が盛り上がれたのは「中国人民志願軍戦歌」のみ。接待員が中国語で何か言ってきたのだが、「中国語は分からない」というと、朝鮮語で「志願軍戦歌は歌えますか?」と。「功勲国家合唱団の中国公演で聞いた」と言うと、花束を持って来て歌手に渡すようにと。その後、おじいさんの誕生日を祝う踊りがあり、頭にハワイの花輪のようなものをかぶせられて、接待員やおじいさんの家族と輪になって踊った。朝鮮食堂で接待員とフィジカル・コンタクト(敢えてカタカナにしておく)を持ったのは、白雪での指切りと今回の輪になって踊るダンス。朝鮮で慶事があると、学生や市民が輪になって踊っているが、その超ショートバージョンだったのかもしれない。知らない中国の歌を歌い上げていた歌手がいたが、とても良い声だった。朝鮮楽曲を歌ってもらえなかったのが悔やまれる。

    その後、個室に戻り、カラオケを始めることにした。このカラオケルームには、分厚い楽曲リストが置かれており、朝鮮楽曲、中国楽曲、洋楽曲(英語の歌)、そして日本楽曲が入っていた。朝鮮楽曲のリストに含まれていたかはきちんと確認しなかったが、韓国楽曲はなかったと思われる。中国楽曲が一番多くあった。カラオケマシンは中国製だったので、通常、中国のカラオケ屋にあるような楽曲が準備されていたのだと思う。一方、北朝鮮楽曲であるが、前日に行った鳳仙花よりも新しい楽曲の数が少なかった。モランボン楽団の歌もあることはあったが、「歌いまくる」には到底至らない数。接待員を呼んで、「モランボン楽団や青峰楽団の曲」を歌いたいというと、北朝鮮から持ち込んだカラオケマイク「メアリ」を持って来てくれた。メアリの話は記事にもしたことがあるが、使ってみるのは今回が初めてだった。面白かったのは、そういうリクエストに対応するためにモニターの横にメアリを引っかけるためのホルダーが設置されており、メアリの外部出力をカラオケセットに接続していた。HDMIではなくアナログ接続のようだったが、画面はワイドスクリーンにきれいに表示されていた。

    メアリを持って来てから、接待員はほとんど部屋に来なくなってしまった。理由は、「制裁の影響」だと思うが、それについては、後述の「妙香山食堂」の部分に記述することにする。

    メアリはさすがに北朝鮮のカラオケ専用マイクだけあって、とても良くできている。楽曲リストから番号を選び、マイク本体に入力して歌いたい曲を選択する。楽曲リストは追加できるような形になっており、追加された部分のページは色が違っており、新しい楽曲を中心に数ページあった。恐らく、マイクに内装されているデータカードを更新しながら、ページを追加する形になっているのであろう。

    映像は、基本的には私が以前YouTubeにアップロードした「カラオケ・シリーズ」と同じであるが、大きな違いは、歌い出しのタイミングを示す「3・2・1」という数字が出ることと、歌いやすいようにメロディーより先に歌詞字幕が表示される点である。例えば、テンポの速い「我々は万里馬騎手」を「カラオケ・シリーズ」で歌おうとすると、歌詞字幕とメロディーがほぼ同時に表示されるので、頭の部分の歌詞を歌えない。ところが、メアリではその調整がしっかりとできているので、「我々は万里馬騎手」を歌詞を落とさずに歌いきることができた。

    最新のアップデートは「祖国」から来ていなかったようで、「我々の国旗」や「想い」はなかったが、その他の食堂にはなかった曲がかなり収録されていた。ここからは、接待員も来なくなったので、同行者と2人で朝鮮楽曲の歌い放題。一応、同じ曲は繰り返さないというルールで、閉店まで3時間近く歌いまくった。「戦争の3年間」はこれまでどこの食堂にもなかったが、この食堂で初めて歌うことができた。ぼちぼち大同江ビールを飲みながら歌っていたが、それほど多くは注文しなかった。

    結局、食堂の照明がほとんど消された時になって接待員がやってきて、「閉店です」と。心配だった会計は、前日の鳳仙花よりも高く2人で400元ほどだった。飲食を考えると鳳仙花の方が多かったので、やはり都市部の瀋陽の方が高めの値段設定をしてあるのか、店の格ということであろうか。ともあれ、メアリについてもいろいろなことが分かり、決して高すぎるとは思わなかった。

    しかし、上にも書いたように、カラオケが始まってからの接待員は全く来なくなったことには、前日の鳳仙花での経験からして極めて不満だった。同行者は、この店は「朝鮮カラオケ・ボックスだ」と文句を言っていた。しかし、その理由が翌日にだんだんと分かってきた。

    3.平壌妙香山食堂と制裁効果
    平壌妙香山食堂:同行者が一足先に帰ったので、この日からは単独探査をすることになった。多少疲れもあったので、午前はホテルの部屋で拙ブログの丹東編を書き、昼食を食べに朝鮮食堂に出撃することにした。モラン館のカラオケ対応が良ければ、再び行ってもよかったのだが、上記の通り今ひとつだったので、別の店、とりわけ小規模の店を探査することにした。老舗の平壌館に行くのか迷ったのだが、モラン館が大規模な店であったこともあり、小規模の平壌妙香山食堂に行くことにした。

    思えば、朝鮮食堂探査に集中しており、中国の街並みはあまり見ていなかったのと連日の大同江ビールの暴飲で運動不足気味だったので、旧七宝山ホテルから西塔街までは歩いてみることにした。中国に行く時は中国SIMをパッドに入れてあるので、Baidu地図が使える。ざっと距離を調べると2キロほどなので歩けない距離ではない。依然として寒かったが、天気は良かったのでちょうど良い散歩になった。瀋陽には住民が使えるレンタル・サイクルがあり、それに乗ってみることもできた。利用料は1元と書いてあったが、どうやら現金は受け付けていないようだった。中国人が借りる様子を見ていたら、スマホで電子マネーによる支払いを済ませると自転車のロックが自動解除されていた。こうすれば使用者と自転車が特定できるので、盗まれる心配もない。瀋陽はフラットな街なので、自転車での移動は快適なはずだ。

    瀋陽には小さな広場があり、そこに多くの桜らしき木が植えられている。気温的には開花が早すぎるので桜ではないかも知れないが、花は桜だった。恐らく、戦時中、日本人が植えた木が移植されたのか、そのまま残っているものであろう。花見をしながら30分ほど掛けて平壌妙香山食堂に到着したのは2時少し過ぎだった。入口に誰も立っていなかったのだが、ドアは開いていたので入ってみると、接待員が出てきて2階に案内された。

    2階に上がってみたが、誰もおらず、円卓に食事が準備されていた。この日は日曜日だったので、昼間から「朝鮮中央テレビ」が流れていた。テレビが見える席に座り、昼食を注文した。食事が準備されていた円卓に団体が来るのかと思いきや、接待員達が集まってきて昼食を食べ始めた。かなり前、延吉で接待員の夕食時間に当たったことがあるが、今回は直ぐ隣の席で昼食を食べる様子を観察することができた。昼食は、ご飯、スープ、おかず数品、キムチといったシンプルなものだったが、日々の食事と考えれば、普通だといえよう。中国だけあって、ご飯もキムチも大量に食卓の上に置かれていたが、スリムな接待員達の食べる量は知れていた。7人ほどの接待員が食事を終えると、当番だったのか1人だけ接待員が遅れてやって来て、食事を始めた。この接待員、「朝鮮中央テレビ」で放送中だった「話術公演」を見ていた。拙ブログでの過去に紹介したと思うが、「話術公演」というのは、日本でいえばコントだろうか。おもしろかったのは、接待員が笑いのツボでは、大きな声で笑いながら、こちらをチラチラと見ていたことである。日本人民にも笑いのツボが伝わるのか関心があったのだろうが、言っていることは分かるものの、笑うというほどのものではなかった。何回も見るので、こちらも合わせてニコニコはしておいたが、「話術公演」の笑いのツボにはまって自然に笑えるようになるには、まだまだ修業が足りないようだ。

    テレビの「話術公演」が終わったので、接待員に話しかけてみた。公演はあるのか、1人でもカラオケルームは使用可能なのかなど質問してみた。答は、公演はなく、カラオケルームは1人でも使用可能と。予約は必要かと質問したところ、曖昧な答え方をしていた。丹東の高麗香での経験からすると、どうも怪しい。それでも一応、「では、夕方また来るから」と店を出た。

    一度、ホテルに戦略的後退をした後、夕方再び出撃した。昼食が遅かったこともあり、19時頃を目指して再び歩いて平壌妙香山食堂に向かった。食堂について2階に上がり、接待員に歌を歌いに来たと告げると、例によって「部屋がいっぱいです」と言う以下は続きの対話。

    探査員「昼に約束したから来たのに・・・」
    接待員「少し待って下さい。上で聞いてきます」
    しばらくして
    接待員「やっぱり、いっぱいで駄目です」
    探査員「朝鮮の歌が歌いたいから来たのに」
    接待員「では、ここ(2階のホール)で歌って下さい」
    2階のホールには、公演ステージがあり、カラオケセットも置かれている。
    探査員「ずっと歌っていていいのか」
    接待員「1曲か2曲・・・」
    探査員「たくさん歌いたい」
    接待員「では、閉店10時まで歌って下さい」
    と、ここまでは快進撃したのだが
    接待員「注文は何にされますか?」
    探査員「大同江ビールとカルビチムと・・・」
    接待員「歌を歌うには、たくさん注文しなければなりません。私たちも政府に税金を払っていますから」
    と反撃に出てきた
    探査員「たくさんと言っても一人で食べられるには限界がある」
    接待員「申し訳ないのですが、理解して下さい」
    探査員「では、いくら以上という基準があるのか」
    接待員「『たくさん』というところで理解して下さい」
    探査員「理解した。でも、次に朝鮮の歌が好きなドンム達(友人達)を連れてくる時、おおよその値段が分からないと誘えない」
    接待員「すみませんけど、1000元以上です」
    探査員「5人ぐらいで来ないと、そんなには注文できないな」
    接待員「こんなことになって、すみません」
    探査員「イリ・オプスムニダ(大丈夫です)」
    接待員「次は、いつ来られますか」
    探査員「分からない」
    接待員「どこで事業をされているんですか」
    探査員「事業はやっていない。観光だ」
    接待員「外国から来られたのですか」
    探査員「日本から来た」
    接待員「遠くから来られたのに、本当にすみません」
    探査員「イリ・オプスムニダ(大丈夫です)」

    ということで他の店にそのまま転進しても良かったのだが、話もしたので大同江ビール1本とトジャンククを注文してその店で食べた。2階には、朝鮮族の老人1人、朝鮮族の数人のグループ1組、2階の個室に朝鮮族か在中朝鮮人のグループがいた。

    「朝鮮中央TV」では、「日帝」の悪人が山ほど出てくる「ワンジェサン」を放送中。接待員がそばにいれば、感想でも聞いてみたいところだったのだが、大忙し。2階のホールは上に書いたように公演がないので閑散としていたが、3階の個室にはたくさんの客がいたようだ。「部屋がいっぱいです」というのも嘘ではなかったようで、私が食事中にお得意さんも含む数組のグループが来たが、全部断っていた。そして、大忙しの様子で、個室に配置されて歌を歌っている接待員以外で配膳をやっているためか、厨房から「早く持って行け」と何度も怒鳴られていた。

    カラオケこそ歌えなかったが、この場面を目撃したのはとても重要だった。これが、まさに制裁の影響だからである。本来であれば、もっと多くの接待員の確保ができ、2階での公演もやり、もしかするとあったかもしれない3階の空き部屋も活用できたはずである。丹東の場合は、そもそも需要がない雰囲気だったし、だからこそ鳳仙花の接待員が我らに付き合ってくれたのであろう。ところが、瀋陽は大都市だということもあり、需要は充分にある。前日のモラン館で接待員がカラオケに付き合ってくれなかったのも、実に資本主義的な原理に基づき、多くの金を使ってくれる中国人グループの部屋に優先的に担当する接待員を配置し、我々の部屋に食事を運んできてくれた接待員は配膳係だったのであろう。トイレに行く際、接待員達とすれ違うと微笑みながら、我らが歌っている朝鮮の歌を口ずさんでくれたので、本来ならば「思想・文化」的に良い歌を歌っている部屋に付きたかったのだろうが、資本の力には「前進する社会主義」もかなわなかったということのようだ。

    さらに、公演がまともにできないのも、楽器演奏に接待員を動員してしまうと、個室担当や配膳係がいなくなってしまうので、最低限の人員での公演となっているのだと思う。思えば、その日の公演も中国人のおじいさんの誕生日だけで、他の中国人は来ていなかった。公演がおもしろくないという噂が広がっていて、公演会場への来客が減っているのかも知れない。そして、平壌妙香山食堂では、さらに接待員の数が逼迫しており、お得意さんまで取りこぼす状況になっていたのではないかと思う。

    こうした状況の中、接待員の数が絶対的に不足した店から閉店を余儀なくされているのだと思う。中国政府の接待員に対するビザ発給は、昨年、中朝関係が回復してからルーズになっているものとばかり思っていたが、それなりに厳格に運用されているようだ。確かに朝鮮食堂は、朝鮮人がどれだけ働いているのか把握しやすい職場だけに、中国政府も神経質になっているのであろう。

    以上が今回の探査の朝鮮食堂編である。続いて、中朝国境探査編を書いていくことにする(書くほどの内容もないのだが)。

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    川口智彦

    Author:川口智彦
    「크는 아바이(成長するオッサン)」

    ブログの基本用語:
    「元帥様」=金正恩朝鮮労働党委員長(上の絵の人物)、2016年12月20日から「最高領導者同志」とも呼ばれる
    2021年1月11日から「総秘書同志」
    「首領様」=金日成主席
    「将軍様」=金正日総書記
    「政治局員候補」=金ヨジョン(「元帥様」の妹)、2018年2月11日から「第1副部長同志」とも
    「白頭の血統」=金一族
    「大元帥様達」=「首領様」と「将軍様」
    「女史」=李雪主夫人(2018.07.26より「同志」に)

    우 그림은 충정 담아 아이가 그린 경애하는 김정은원수님이십니다.


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