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    「<記録映画>偉大な転換の1970年代」(2012年9月2日 「朝鮮中央TV」)

    数日前に「1970年代のように」というスローガンについての記事を書いたが、それ以降、これが一体何を意味するのかずっと考えている。10月1日「労働新聞」に社説「『高くはためけ、我々の党旗』この歌を力強く歌いながら、総攻撃戦を完遂しよう」という記事が出てから、「1970年代のように」というスローガンが盛り込まれた記事がいくつも出ている。

    「労働新聞」社説:「《높이 날려라 우리의 당기》, 이 노래 힘차게 부르며 총공격전을 다그쳐나가자」
    http://www.rodong.rep.kp/InterKo/index.php?strPageID=SF01_02_01&newsID=2012-10-01-0001&chAction=D

    また、10月2日「労働新聞」記事「全国を速度戦の気迫で沸かせた経済扇動の太鼓の音」という記事には、1970年代の金正日さんの実績について時系列的に記されている。

    「労働新聞」記事:「온 나라를 속도전의 기상으로 들끓게 한 경제선동의 북소리」
    http://www.rodong.rep.kp/InterKo/index.php?strPageID=SF01_02_01&newsID=2012-10-02-0009&chAction=D

    いずれを読んでも、今一つ「1970年代のように」スローガンの目的がよく分からない。金正日哀悼期間後に下火になっていた、金正日追憶キャンペーンを再開したようなのだが、その目的がよく分からない。後継者(金正恩)が父(金正日)の実績をもっとアピールした方が良いという判断であろうか。労働新聞の過去記事を同社のサイト検索で遡れる限り遡って「1970年代」という言葉で検索を試みたところ、2009年3月の記事まで見ることができた。全てを確認することは大変なので、10月のこの時期の記事を拾い出して斜め読みしてみたが、今回のようなスローガンは見られなかった。そしてどちらかというと、1970年代だけではなく1970年代と1980年代を続けて語るものが多かった。

    そしたら、昨日、「朝鮮中央TV」で「偉大な転換の1970年代」という記録映画が放映された。約40分の記録映画であるが、最近制作されたものではなく、終わりのクレジットを見ると2004年の制作となっている。それを再びこの時期に放映したのは、明らかに「1970年代のように」スローガンと関連があるはずである。

    この記録映画であるが、金正日さんが党中央委員会秘書(書記)、政治委員会委員に推戴される辺りから話が始まる。

    党中央委員会書記、同政治委員会員に推戴することを決めた党中央委員会第5期第7回全員会議(1973年9月4日)
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    Source: KCTV, http://www.uriminzokkiri.com/contents/movie/centertv/streams/_definst_/2012-10-02-15-y.flv
    *会議の日付は、磯崎敦仁他『北朝鮮入門』(東洋経済新報社、2010)を参照。以下も同様。

    この時点で掲げられている写真は、まだ金日成さんのみである。

    そして、下のキャプチャーにあるように第5期第8回会議で金正日さんは、後継者として紹介された。

    党中央委員会第5期第8回全員会議(1974年2月11日)で決定され後の芸術映画撮影所での集会か。
    看板には金正日同志は「偉大な首領様の後継者として党事業全般を担っておられる唯一の人」と書かれている。
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    Source: KCTV, http://www.uriminzokkiri.com/contents/movie/centertv/streams/_definst_/2012-10-02-15-y.flv

    このキャプチャーでは、看板部分が画像処理されていて、何が書かれているのか分からない。また、写真周囲の白い部分の色が不自然(看板を消した白色とほぼ同一色)であるし、額の角度も上の金日成単独写真と異なる。何かの事情があり、金日成・金正日の肖像画が並んで掲げられているように加工したのであろうか。もし、この時点で金正日さんが公式デビューしていないとすると、つまり下の「労働新聞」記事で紹介されるまで余りよく知られていないとすると、こういうふうに写真を並べることはなかったのかもしれない。それにもかかわらず、この記録映画の成り行き上、こうした方がベターとの判断から画像を加工したのかもしれない。
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    Source: KCTV, http://www.uriminzokkiri.com/contents/movie/centertv/streams/_definst_/2012-10-02-15-y.flv

    そして「パルチザンの偉大な息子金正日同志」と称される。
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    Source: KCTV, http://www.uriminzokkiri.com/contents/movie/centertv/streams/_definst_/2012-10-02-15-y.flv

    続いて、金正日さんが行った「党事業」についての紹介になるのだが、まず紹介されるのが金日成銅像の建立である。

    万寿台に建立された金日成像(1972年4月)
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    Source: KCTV, http://www.uriminzokkiri.com/contents/movie/centertv/streams/_definst_/2012-10-02-15-y.flv

    記録映画では、その後、各地に建立された金日成像も紹介されている。過去記事にも書いたが、金正日さんは、在命中、自分の銅像を建てることを強く拒んだと北朝鮮メディアが伝えている。ところが、彼自身は、自らが担った「党事業」の端緒で、金日成像建立を行っている。北朝鮮の解釈では、これは父であり最高指導者を敬う息子の孝行(忠誠心)ということになるが、やはり金日成さんを神格化し、その後継者としての自己の権威を高めることと、金日成さんが担っていた党事業を自らが引き継いだということを顕示するための目的があったのであろう。すると、北朝鮮が「1970年代のように」というスルーガンを打ちだしたことと、金正恩さんが軍部隊内に金正日単身像と建立させたこととはタイミング的にも何らかの関係があろう。

    1974年から金日成の誕生日である4月15日が「民族最大の名節に制定」される。
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    Source: KCTV, http://www.uriminzokkiri.com/contents/movie/centertv/streams/_definst_/2012-10-02-15-y.flv

    1974年2月19日「全社会の主体思想化」を宣言する金正日さん。
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    Source: KCTV, http://www.uriminzokkiri.com/contents/movie/centertv/streams/_definst_/2012-10-02-15-y.flv

    この「全社会の主体思想化」は思想的締め付け強化あるいは精神主義運動で、金正日さんはその「学習方法にも転換をもたらした」と記録映画では述べている。

    「応答式学習競演」の舞台。内実は記録映画で説明されていないが、言葉からすると、主体思想を丸暗記し、主体思想に関する質問に正しく答えられるかどうかを競う大会のようだ。
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    Source: KCTV, http://www.uriminzokkiri.com/contents/movie/centertv/streams/_definst_/2012-10-02-15-y.flv

    金正日さんは、党の扇動活動を「群衆の中に深く入り、党政策を下部末端にまで浸透」させた。
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    金正日さんは「生産も学習も生活も抗日遊撃隊式に」というスローガンを発表した。
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    Source: KCTV, http://www.uriminzokkiri.com/contents/movie/centertv/streams/_definst_/2012-10-02-15-y.flv

    このスローガンは、上記「労働新聞」記事「全国を速度戦の気迫で沸かせた経済扇動の太鼓の音」の中でも少し変えた表現で紹介されており、「経済扇動を抗日遊撃隊式に枠と格式なく、戦闘状況に応じて様々な形式と方法でさらに力強く展開した」と紹介されている。記事をストレートに読めば、状況に応じた方法で「経済扇動」を行ったということになるが、2012年は「経済運営」から「枠と格式」を取り払おうとしているというのは深読みしすぎであろうか。その「経済扇動」であるが、記録映画では「外国の辞典には出てこない将軍様の英知」から生まれた言葉と紹介している。

    「速度戦」、「70日戦闘」がその後展開さえることになるが、当時の記録映画を見ていると、人民を動員している場面もあるものの、2012年よりも重機や掘削機械を多用しているようである。
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    Source: KCTV, http://www.uriminzokkiri.com/contents/movie/centertv/streams/_definst_/2012-10-02-15-y.flv

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    Source: KCTV, http://www.uriminzokkiri.com/contents/movie/centertv/streams/_definst_/2012-10-02-15-y.flv

    1973年には平壌地下鉄も開通した。
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    Source: KCTV, http://www.uriminzokkiri.com/contents/movie/centertv/streams/_definst_/2012-10-02-15-y.flv

    また、造船も行われた。記録映画では「1960年代には5000トン級を造っていた我が国が、1970年代には1万4000トン級、2万トン級を十隻余り進水させた」と説明している。
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    Source: KCTV, http://www.uriminzokkiri.com/contents/movie/centertv/streams/_definst_/2012-10-02-15-y.flv

    農業部門での発展も紹介し、下のような田植え作業の様子を見せている。
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    Source: KCTV, http://www.uriminzokkiri.com/contents/movie/centertv/streams/_definst_/2012-10-02-15-y.flv

    この田植えの様子は、実に興味深い。というのは、2012年に北朝鮮が紹介した田植えの様子も、これとほとんど変わりないからである。日本の田植えの方法や田植機についての知識は希薄であるが、70年代から現在の間にその作業の様相や使用する機械も随分変わったのではないだろうか。そうだとうすると、少なくとも田植えに関しては、北朝鮮では40年間ずっと同じ方法で行ってきたということになる。

    平壌の変遷もこの記録映画から分かる。

    1970年代
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    Source: KCTV, http://www.uriminzokkiri.com/contents/movie/centertv/streams/_definst_/2012-10-02-15-y.flv

    この記録映画が作られた2004年の平壌。
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    Source: KCTV, http://www.uriminzokkiri.com/contents/movie/centertv/streams/_definst_/2012-10-02-15-y.flv

    2012年の平壌と比べると、最も変わっているのが自動車の台数と車種である。2012年に紹介される動画には「自家用車」と思わしき車がたくさん写っている。

    続いて、記録映画では金正日さんの映画制作への熱意が紹介されている。やはり、金正日さんの映画好きは事実のようで、台本まで細かくチャックをしたようだ。記録映画では、彼がチェックした台本は「何千、何万」と言っている。しかし、いくら「絶世の偉人」とはいえ、こんなことに時間を費やしていては、国政が手薄になるのではないかというのは、凡人の心配であろうか。

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    Source: KCTV, http://www.uriminzokkiri.com/contents/movie/centertv/streams/_definst_/2012-10-02-15-y.flv

    そして、労働党第6回大会(1980年10月10日)後、「労働新聞」に大きく掲載された記事。これをもって金正日さんの公式デビューとすべきかどうかは分からないが、公式メディアに大きく紹介されたのはこれが初めてであったようだ。
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    Source: KCTV, http://www.uriminzokkiri.com/contents/movie/centertv/streams/_definst_/2012-10-02-15-y.flv

    というわけで、この記録映画は、結局、金正日さんの業績を称える内容であった。とはいえ、北朝鮮研究の先駆者の業績を文字を通してだけ見てきた私にとっては、この記録映画の映像はそれを裏付けるという意味からもとても興味深かった。今でこそ、インターネットを通してこうした映像を手軽に見られる時代になったのだが、70年代、「労働新聞」一つを読むにしても、その入手から始まり、相当に苦労したことであろう。「お手軽」に北朝鮮情報を入手し、あれこれ書き立てている新参者としては、先駆者に敬意を表したい。

    さて、初めに書いた「1970年代のように」というスローガンの目的とは何かという問いには、この記録映画を見ても決定的な答えは得られなかった。もう少し、動向を観察する必要がありそうだ。

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    川口智彦

    Author:川口智彦
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    「元帥様」=金正恩朝鮮労働党委員長(上の絵の人物)、2016年12月20日から「最高領導者同志」とも呼ばれる
    2021年1月11日から「総秘書同志」
    「首領様」=金日成主席
    「将軍様」=金正日総書記
    「政治局員候補」=金ヨジョン(「元帥様」の妹)、2018年2月11日から「第1副部長同志」とも
    「白頭の血統」=金一族
    「大元帥様達」=「首領様」と「将軍様」
    「女史」=李雪主夫人(2018.07.26より「同志」に)

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