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    「血の涙の12月を永遠に忘れずに」(2012年1月28日「朝鮮中央通信」)

    金正日さんの死去に関する総集編のような映像を朝鮮中央通信が配信した。

    http://www.kcna.kp/userAction.do?action=videoindex&lang=kor&newsyear=2012&newsno=198517

    金日成さんの時もそうであったが、金正日さんの死去に際して他の朝鮮人民の悲しみようや涙について、やらせだの涙を流さなければ強制収容所送りだのという報道が流れた。その事実関係については、確認するすべもないが、金日成さんと金正日さんは朝鮮人民にとって、全く別の存在であるような気がする。適切な表現かどうかは別として、金日成さんは「神様」、金正日さんは「神の言葉を伝える者」(預言者)とでも言えば良いのか。言葉を換えれば、金日成さんの主体思想は「神の言葉」、そして金正日さんの「先軍政治」はその解釈のようなものである。

    だから、朝鮮人民にとっては、神様である金日成さんに対する尊敬の念は至高であろうし、その死は本当に悲しいものであったであろう。一方、「預言者」である金正日さんは、神様ほどではないにしろ「神の言葉」を伝授する者の死としてそれなりの重さを持って受け止められたであろう。

    当然その差は、動画に映し出される涙にも反映されているはずである。残念ながら、金日成さん死去当時は、北朝鮮によるインターネット配信はなく、私は日本のテレビ局が編集した映像しか見ることができなかった。したがって、今回との直接的な比較はできないが、「泣きよう」は明らかに程度が低いと思う。金日成さん死去の時にも指摘されているが、南北問わず、朝鮮人民は葬儀(あるいは人の死)に際しての感情表現(具体的には、泣き悲しむ様子)が日本人とは比較にならぬほど派手なので、こと北朝鮮だけの映像を見せられる日本人には異様に写るかもしれない。また、「泣くべき場面」が終わるとけろっと泣き止んでしまうのも特徴的である。だから、朝鮮人民が「泣くべき場面」で思い切り泣くのを北朝鮮の異常性と捉えるべきではない。

    金正日さんの死去後、金正日さんの偉業を称える地方音楽公演が行われ、その動画が朝鮮中央TVなどで多く配信されているが、こちらでも「カメラに写る」朝鮮人民は泣いている。これが「泣くべき場面」なのか、「泣かなければならない」のか、「泣かされているのか」分からないが、いずれにせよ音楽公演自体が泣くよう演出になっているのだから、単なる「感涙」なのかもしれない。

    別に言いたいことがあったのだが、ここまで書いて、何が言いたいのか忘れてしまった。上のつながりで言えば、金正恩さんは、どのような「神の言葉を伝える者」になっていくつもりであろうか。二代目と「全く同じ」であるという権威だけでは、長持ちしないであろう。

    そういえば、この配信はおもしろいことがある。単なる編集上の都合、あるいはエラーなのか意図的な演出なのか分からないが、バックミュージックが初めは左だけ(あるいは右は極端に小さい)から、その左右から流れるがレベルが低い、そして平壌市民が金正日さんの葬儀の車列が通過する道路の雪かきをしている辺りからきれいなステレオで流れる。これも演出なのか?

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    川口智彦

    Author:川口智彦
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    「元帥様」=金正恩朝鮮労働党委員長(上の絵の人物)、2016年12月20日から「最高領導者同志」とも呼ばれる
    2021年1月11日から「総秘書同志」
    「首領様」=金日成主席
    「将軍様」=金正日総書記
    「政治局員候補」=金ヨジョン(「元帥様」の妹)、2018年2月11日から「第1副部長同志」とも
    「白頭の血統」=金一族
    「大元帥様達」=「首領様」と「将軍様」
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    우 그림은 충정 담아 아이가 그린 경애하는 김정은원수님이십니다.


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